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浮世床


【登場人物】
床屋に集まる連中

【概要】
 床屋は江戸時代の社交場。貸本の『姉川の合戦』を読んでいる男がいる。

 『おめえ字が読めるのかぁ? 一人で読んでねぇで、皆んなに読んで聞かせろよ』
 『いいかぁ? 聞き逃すなよ。俺のは立て板に水だからな』

 ・・・と云っても、碌に字が読めないので、『横板にモチ』・・・おまけに誤魔化し読み。

『一尺二寸(約35センチ)の大太刀を振りかぶり・・・』
『オイオイ。一尺二寸が何で大太刀なんだ!』
『横に断り書きがしてある。一尺二寸は、刀の横幅なり』
『それじゃ、向こうが見えねぇぞ』
『また断り書きがある。向こうが見えないので、ところどころに窓が開いている』
『窓が開いてちゃ、矢が飛んでくるだろう』
『矢が飛んでくるといけないから、金網を張り、いくさのひまな時は、シャケを焼いて食う』

 将棋をしているのを覗くと、王様が無い。

『俺の王様どこ行ったい?』
『さっき、「王手飛車取り」をやった時、「そうはいくか」と飛車が逃げたじゃねぇか。だから、そん時、王様を取った』
『あぁそうか。おめぇの王様はどこ行ったい?』
『俺のは、取られちゃいけねぇから、最初っから褌の中に隠してある』
『どうしてそんなとこに隠すんだ!』
『キンに守られてるから、取られねぇ』

【資料音源】
①NHK落語名人選(57)三代目 三遊亭金馬/POCN-1097・・・18:40

【雑感】
 原型は、もちろん式亭三馬の滑稽本『浮世床』から来ています。へぼ将棋のくだりは、姉妹編の『浮世風呂』。ほら吹き話の『弥次郎』と同じように、時間の許す限り、幾つでもエピソードは続きます。他には、のろけ話の途中で起こされるのや、飲食の途中で起こされるもの。また、床屋代を払わずに帰った男が畳屋だと判り、『それで、床(とこ)を踏み(踏み倒し)に来たんだ』とサゲたりします。

 上方落語の演目を、初代 柳家小せん(1883~1919 通称=「盲の小せん」で知られる、白内障で失明し若くして梅毒で死んだ隠れた名人)が東京へ移したとする説もあるのですが、この手の様々な話は、江戸時代の滑稽本の主要な根多なので、誰が作ったと云うよりも、江戸時代の寄席場での主要な演目だったと思われます。

 データ・・・三代目 三遊亭金馬 明治27(1894)年10/25~昭和39(1964)年11/8 享年70 前名=三遊亭圓洲 出囃子=かっこ 本名=加藤専太郎

 ほんのちょこっとで切っちゃってますが・・・この出囃子が、本調子鞨鼓(ほんちょうしかっこ)と云ってるものだと思います。

コメント

No title

この噺昔ほどイタにかからなくなった?面白い噺なのに。

No title

藪師匠、

浮世床は圓生師匠のCDを一枚だけ持っています。
確か海老床がどうのこうのと、云った内容だと記憶していまいが。・・・・・・・・

先達て投稿の不精床を含めまして単純明快で面白い話だと思います。(笑)、、、、、

No title

こういう噺、好きなんです^^ゞ。
ま、下ネタばかりでは飽きちゃいますが。。^^ゞ。
これが本当の「おお・た・ち・まわり」、おおて・ちん・ま・わ・り。。
。。おおて・き・ん・と・り。。。バンザーーーーイ。。

No title

おはようございます。

同じく、円生のテープ一個もっています。

釈迦に説法とは存じますが細君(八重子さん、昭和53年没)金馬が自筆の死亡通知を発見した。
「私事、この度、無事死去つかまつり候間、ご安心くだされたく,普段の意志により生花、造花、お供物の儀、かたくお断り申し上げ候、ふだんの頑固、お許しください。
何百年後極楽亭か賽の河原ノ露葉にてお目にかかれやも
知れず、皆様長生きしてください。生前の御礼まで」
粋な方でしたね。

No title

浮世床や浮世風呂、
人の集まるところでは、いろんな情報が入手できる!一つの手段だったんですね。今も銭湯や、美容院はそんな部分も残しつつ、どんどん新しくなって、私が通う美容院なんて、パーマを3000円で仕上げてくれる巨大スーパーみたいになっています。

No title

三代目金馬師匠の時代までしか、「理解不能」な根多かもしれませんね。
床屋が、若い衆のサロンであったという設定(事実)は、もう理解の外でしょうね。

No title

*けんちゃん。。
噺家がやる演目にも当然、流行ってのはあると思いますが・・・この浮世床なんかは、演じるのにそんなに技巧は必要ないと思うし、誰にでも受ける江戸時代からずっと演じられて来たオーソドックスな面白い噺だし、口演時間に合わせて時間調整できるし・・・何でやんないんですかね?

こぶなんかは、鎹なんかやらないで、コレとか源平とか湯屋番やってりゃ、バカだチョンだって云われなくてすむのに・・・(^ω^)

No title

*エキさん。。
圓生さんは、バージョンにもよりますが、エピソードを羅列する「サゲ無し」じゃなくて、「床を踏みに来た」のサゲを付けるバージョンをやってたと思います。

床屋の名前を出してましたっけね? 湯屋番の場合は、三遊派は「桜湯」、柳派は「奴湯」と云う湯屋の名前を出します。これは、そう云う名前のお湯屋さんが、それぞれの派の贔屓に居た事から、伝統的にそうなっているようです。

No title

*ヤマさん。。
こう云う、難しくなくて単純に笑えるのを「滑稽噺」と云ったりしますが、本来、「浮世床」ってのは江戸時代から演じられて来た、伝統ある滑稽噺の真打ち格の演目なのですが、ややもすると、前座がやる演目みたいに扱われて、ろくすっぽ芸がないのに難しい演目をやりたがる噺家からは敬遠されたりしますが、コレは伝統ある江戸落語であって、それぞれの人物描写をしっかりやらないと、グジャグジャになっちゃう噺です。

でも、そう云う部分を聴き別ける聴き手が少なくなっちゃうと、単に笑いを取るだけでいいと勘違いしちゃう噺家だらけになっちゃいます。

No title

*与太さん。。
東宝名人会の席で、金馬さんが具合が悪くなって休演しましたが・・・その席は、志ん生さんが代演しました。その一週間後に金馬さんは亡くなりました。

与太さんは、「片棒」と云う演目はご存知ですか?
金馬さんの事ですから、自筆でそう云うものを書いたと云うのは・・・「片棒」と云う演目に絡めているはずです。

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*お菊さん。。
江戸時代の長屋に住んでいた職人ってのは、午後三時頃までしか仕事をしなかったようです。特に江戸っ子は、遅くまで仕事をしていると、そんなに仕事をしなけりゃ食えないのか! って嫌われたらしいんです(^ω^)

仕事を早く切り上げたところで、まとまったお金を持ってる訳じゃないので、床屋へ行っちゃ、金を使わずにブラブラしてたって感じだと思います。

No title

*キャバンさん。。
床屋は、暇を持て余した若い衆のサロンだった訳ですが・・・「酢豆腐」で語られている場所はどこなのか? ってのがありますね。

江戸時代の長屋の構成は、表通りに面して長屋の入り口があり、左右に18軒ずつ、合計36軒ってのが一般的な長屋でした。とば口に大家の家があり、夜は長屋の木戸を閉めるので、長屋への出入りは出来ませんでした。長屋内にある公共施設は、井戸と厠と一番奥にあるゴミ捨て場です。その他に、集会場のようなものがあったようです。

「酢豆腐」で語られているのは、その集会場に若い衆がたむろしているって事ですね。

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