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たが屋


 「たが」と云うのは、漢字で「箍」と書きますが、竹を裂いて梱包テープ状にしたものを、三本程度編んで輪にして、桶や樽の外側にはめて、桶や樽がバラバラにならないように固定する帯状の枠。風呂桶とかワインを寝かせておく樽などは、金属製の「たが」が使われます。古い時代には金属加工が困難だったために、「たが」の素材としての竹が手に入りやすい日本では、竹製の「たが」が使われていて、古くなって劣化した「たが」を新しい「たが」に仕替えるのが「たが屋」さんで、通常は、新しい竹をフラフープのような輪にして、肩に掛けて歩いていました。
 
 通常はその竹の輪を紐で縛っていた訳ではなく、「たが」を編み込むのと同じ要領で、軽く編み込んで(捩って)いただけです。ですから、押された拍子にその「たが」にするために丸めて輪にしてある竹を落としたりすると、衝撃で捩りが外れて、ツツツっと、一本の竹のテープになります。その竹が、馬上の侍の陣笠を弾いてしまうと云うお話が、「たが屋」と云う落語です。
 
【概要】
 川開き当日の両国橋は隅田川の花火があるので大変な混雑。「玉屋~」「鍵屋~」の掛け声。仕事帰りの、たが屋さんが道具箱を担いで本所方へ渡ろうと橋に差し掛かると、押されたはずみに道具箱を落としてしまった。その拍子に道具箱に結び付けてあった「たが」が弾けて、本所方から来た馬上の殿様の陣笠を跳ね飛ばしてしまった。
 
 『無礼者めっ! 屋敷へ参れ!』と怒る人払いの供のサムライ。『ウチには年を取ったお袋と親爺が私の帰りを待っております。親に対して勘弁して下さい』と謝るたが屋。『年寄りがいるって~じゃね~か。勘弁してやったらど~で~』とそれを見ていた群集。
 
 サムライは、『屋敷へ参れ!』の一点張り。「窮鼠猫を噛む」の例えがございますが、たが屋さんは開き直って啖呵を切った。『なに! 屋敷へ来いだっ。屋敷へ行ってどうすんでぃ。屋敷へ行ったら命がねぇさ。さあ、ここで斬れ! 斬ってみろ!』。
 
 たが屋さんの威勢に、『おのれ下郎!』と武士が斬り付ける。日頃手入れをしていないから刀が錆びていて、なかなか抜けない。たが屋さんは命を捨てているから八面六臂の大奮闘。三人のサムライをやっつけちゃった。群集は威張っている武士に対して不満を持っているから、たが屋さんに加勢して石を投げつける。殿様は槍を取って、たが屋さんに向かうが、石が飛んでくるから思うように動けない。たが屋さんが、サムライから奪った刀を横に払うと、殿様の首がスポーンと飛んで宙に上がった。それを見ていた群集は一斉に、『た~がや~』。(志ん生版の聴き取り)
 
【雑感】
 いやはや何とも、実に落語らしい痛快な噺です。よ~く考えると随分無茶苦茶な噺です。この殿様の一行は、合計5人です。供のサムライ三人と、殿様と、殿様の槍を持っていた従者です。一行で助かったのは、この従者一人です。たが屋さんは水戸黄門の助さん格さんとは違って、武術などまったく知らない只の職人です。それが四人のサムライをやっつけちゃうのが落語です。
 
 現在の隅田川の花火大会は7月の末ですが、江戸時代の安永年間の頃は旧暦の5月28日と決まっておりました。享保二(1717)年に始まったと云われますが、5月28日は両国の川開きで、その日に花火をやったと云う事です。
 
 多くの「古典落語」は上方に起源がありますが、この演目は、純粋な江戸落語です。この演目のテーマは武家と職人のトラブルです。武家の多かった江戸ならではのテーマで、商人の町大阪にはこのようなテーマはありません。
 
 サゲは、「た~まや~」の花火の掛け声と、「たが屋」の引っ掛けです。『橋の上 玉屋玉屋の 声ばかり(or 人の声) 何故か鍵屋と 云わぬ情無し』。二大花火屋ながら、「玉屋」ばっかり褒めて「鍵屋」の声が無い。「かぎや」の音が云い難いからではないか・・・。本来の玉屋は、天保14(1843)年に火事を出した為に、取り潰しになっています。
 
 この演目は、誰がなんと云おうと、志ん生版がベストです。たが屋さんの立ち回りを表現する志ん生の語りは、聴いているだけで、まるで劇画を見ているように状況がハッキリ判ります。金馬さんや三木助以降の語りを聴いても、現場の状況が良く判らない。志ん生が「ぞろっぺぇ」だなどと云うヤツは誰だ! 「たが屋」の聴き比べをしてみろ! っと云いたくなります。志ん生が両国橋へ出向いて、たが屋さんの動作の実況検分をしたかどうかは知りませんが、志ん生と云う噺家は、そんな事すらやりかねないほど、落語に情熱を注いだ噺家なんです。

 データ・・・三代目 桂三木助 明治35(1902)年3月28日~昭和36(1961)1月16日 享年58 前名=二代目 橘ノ圓 出囃子=筑摩祭 本名=小林七郎
 
 この音源の三木助や金馬の語りは決して悪くはありませんが、志ん生の「たが屋」には遠く及ばない・・・と、志ん生フリークの私は力説する訳であります(^ω^)
 
 なお、この演目の原話は定かではありませんが、本来は、侍の首が飛んだのではなく、たが屋の首が飛んで、たが屋~だったらしいのですが・・・それでは、日頃、武士の横暴に不満を抱いていた江戸庶民の気持ちが収まらないので、たが屋さんに八面六臂の活躍をしてもらって、武士の首を飛ばしちゃうスタイルになったようです。もちろん、ちゃんとした剣術を知らない町人が、武士を何人も斬り殺しちゃうなんて事はありえない訳で、落語にリアリズムを追求する談志さんは、たが屋の首を飛ばしちゃうのですが・・・それじゃ、落語にロマンが無くなっちゃうでしょうに・・・(^ω^)

 
 落語ってのはウソがあってもいいんだと思います。お釈迦様は「ウソも方便」と云いました。今の政権は、政権を維持したいと云う自分たちの都合のためだけに、嘘八百を並べ立てています。政権交代してから十ヶ月。日本国民は、新政権にどれだけウソをつかれてきたのか。もちろん、まだ何もやっていない新政権の支持率は、V字回復後急落していますが、それは当たり前の話で、前副総理が総理になったと云うだけの、同じ穴の狢の政権です。
 
 落語がお好きな皆さんは、当然ながら知能が高い。バカにゃ落語のような高尚な芸術は、理解できません。お願いだから、将来の日本を駄目にする事ばっかりやっている現政権政党に投票するのだけはやめて下さい。どの部分がダメなのかは、具体的にご質問いただければ、ご説明申し上げます。現政権政党は、具体的な事を何も示さずに「日本を元気にする」だなんて云ってますが、私から云わせたら、日本を元気にする最も簡単な方法は、ウソのマニフェストで政権交代したのに、それをほとんど果たさずに覆してしまった与党が過半数を占める衆議院を直ちに解散する事ですよ。
 
 現在の日本が元気を失ってしまった根本原因は、誰も責任を取らなくなってしまったと云う事だと思います。贈与税の巨額脱税を指摘されるまで知らなかったと責任逃れをし、確実な具体的候補地も無いのに、最低でも沖縄県以外への移転と公言したにも拘らず、沖縄県内の辺野古への移転を米国に確約したばかりではなく、前政権までにはまったく話の無かった、鹿児島県の徳之島での海兵隊の訓練まで、現地の合意がまったく無いにも拘らず、米国大統領に空手形を発行してしまった。日本の首相として相応しくないから、その職を辞任した訳であって、その後の政権や日本国民に対して、まったく責任を取ってないんですよね。
 
 国会が再開して、先ず最初に議論すべきは・・・前総理の日本国民への背任行為に付いての、国会への証人喚問請求をすべきだと思います。前総理は、日本国民には内緒で、米国大統領と、とんでもない約束をしたんですよ。
 
 なんか、高尚な落語の記事が、下らんバカな政治家の話になってしまってすいません。なんか、あまりにもバカバカしい状態に日本がなっていて、もう、ホントにやんなっちゃいます。くれぐれも云っておきますが、ウチは民主党なんかに投票する無責任な人は出入り禁止です。もうそんなに寿命があるとは思えない私が命を削って書いている記事を読んでもらっては困ります。もちろん、民主党にだって優れた議員もいますので、民主党のすべてがダメだと云ってる訳ではありません。ただし、選挙の投票では、その議員の名前を書いても構いませんが、所属政党名は書かないで下さい。

コメント

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たがやが殿様の首を飛ばすか、殿様に返り討ちに合うか(談志版)は議論の余地はあるにしても、この季節の必須の噺ですね。私は、結構、談志解釈もありかなと思うのです。落語国でのぎりぎりのリアリティー。
政治については、もう、私は、「マニュフェスト」とか「公約」とかは、以前にも増して信用ならなくなりました。特に現在の与党になってから。落語国の「遊び」がなくて白か黒かで、朝令暮改ですからね。

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藪師匠、

たが屋と云いますと、両国橋での桶職人と御旗本の御殿様ご一行のやり取りの話ですね。

夏の風物詩の一つである両国の花火大会には、うってつけの粋な話だと思います。(笑顔)・・・・・

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現代には「丸玉屋小勝煙火」って有るんですが
江戸の頃の玉屋と何か関係があるんでしょうか?

今の政治家は「たがが外れてる」んですよ。

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*キャバンさん。。
まあ、落語ってのは庶民の心意気を描いている訳ですから、花火見物でごった返している両国橋を、馬に乗って渡ろうとする武士の方が横暴であって、それに対する腹いせだから、落語の上でしか語れないので、たが屋が武士に勝つ必要があるんだと思います。

見物客が叫ぶ「たがや~」には、「たが屋、よくやった」と云う思い入れがあるんですよ。たが屋の首が飛んで「たがや~」じゃ、単なる駄洒落であって、噺が下司になっちゃうと思います。

圓朝が「文七元結」を作ったのだって、賄賂や権力闘争をしているだけの武家社会への反発や、幕末になって江戸へやって来た、薩長の田舎侍の横暴に対するせめてもの対抗として、大事な50両の金だけれども、身投げを助けるために与えてしまう貧乏人の心意気を描いているんですよね。昨今の政治家に聞かせたい落語です(^-^)v

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*エキさん。。
三木助は、両国橋の上流が川開きで、下流が花火大会と語ってますが、昭和30年代にはどうだったのか知りませんが、現在は、川開きの行事はやってないので、両国橋よりも上流の吾妻橋周辺が花火大会の会場になってますね。

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*しゅうさん。。
日本の花火の歴史に付いては良く知りませんが、三重県の伊賀出身の人間が江戸に出て来て「鍵屋」を創業したのが元祖らしいです。鍵屋の職人が分家して「玉屋」を作ったのだけれども、火事を出して、江戸所払いになって、一代限りで潰れます。「丸玉屋」ってのは、江戸時代から続いているようですが、上記のような事で、玉屋とは別の煙火師ですね。

鍵屋が伊賀出身と云う事から、ハタと思い付いたのは・・・日本の花火ってのは、忍者の煙玉から発展したのではないかと想像します。水戸黄門の風車の弥七は、よく煙玉を投げて姿をくらましますよね。あれに色の出る火薬を加えて打ち上げれば花火になりますからね(^∇^)

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