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ホール落語


 ホール落語と云うのは、一般の寄席とか演芸場で常時興行されている落語興業ではなく、通常は演芸を行わない劇場やホールで、月に一回、一日だけと云うスタイルで、定期的に開催される落語会だと定義できると思います。
 
 様々なホール落語会が過去にあり、また現在も継続中ですが、その詳細に付いては良く判らないので、ウィキペディアの記述を参考にして、記事をまとめてみたいと思います。
 
 寄席とホール落語の違いは・・・ホール落語には、寄席とは違って落語以外の色物芸人は出演しません。噺家だけが4~5人出演し、通常の寄席よりも持ち時間が長く取られ、たっぷりと名人芸を楽しむ事ができます。それゆえ客にはご通家が多く、中途半端な落語は出来ません。毎日の寄席では演目の発表はありませんが、ホール落語の場合は事前にプログラムに演者と演題が発表されている場合がほとんどです。
 
 なお、ホールでやる独演会や二人会などがありますが、それはホール落語の範疇には入れません。1960年代以降は、寄席が詰まらなくなったからか、あまり寄席に客が入らなくなりましたが、ホール落語ではちゃんとした噺家がたっぷりやってくれるので、ホール落語の全盛時代となり、チケットの入手が困難なほど客が詰め掛けました。
 
代表的なホール落語会(歴史が古いもの順)
 三越落語会・・・昭和28(1953)年4月~ 久保田万太郎の提唱により、日本橋三越本店本館6Fの三越劇場(座席数=514)で開催され現在も継続中。
 
 東横落語会・・・昭和31(1956)年5月~昭和60(1985)年6月28日 湯浅喜久治の主催で、東急百貨店東横店9F・10Fの東横ホールで開催されていたが、現在は終了。
 
 東京落語会・・・昭和34(1959)年7月30日~ NHKおよび落協・芸協の主催により、現在は日本消防協会のニッショーホール(座席数=752)で開催されている。その一部が「日本の話芸」と云う30分番組で放映されている。過去の会場は、大手町サンケイホール、銀座ヤマハホール、霞ヶ関イイノホール。
 
 イイノ精選落語会・・・昭和37(1962)年4月~昭和43(1968)年12月 全41回で終了。矢野誠一がイイノホールで開催した。
 
 紀伊國屋寄席・・・昭和39(1964)年11月~ 田辺茂一の紀伊國屋書店が、紀伊國屋書店新宿本店4Fの紀伊國屋ホール(座席数=418)で開催され、現在も継続中。
 
 第五次落語研究会・・・昭和43(1968)年3月~ TBSの主催で、三宅坂国立劇場小劇場(座席数=590)で開催され現在も継続中。その一部は、TBSテレビで放映されている。
 
 朝日名人会・・・平成11(1999)年2月~ 上記のTBSの番組で落語解説をやっている京須偕充(きょうすともみつ)がプロデュースし、有楽町マリオン11Fの有楽町朝日ホール(座席数=718)で開催。
 
 東西落語研鑽会・・・平成15(2003)年3月18日~ 六人の会(小朝、鶴瓶、こぶ蔵、昇太、志の輔、花禄)主催で、ビックカメラ有楽町店本館7Fのよみうりホール(座席数=1100)で開催中。

 病後の志ん生は、晩年になるほど毎日の寄席出演が辛くなったので、一日のみのホール落語への出演に絞るようになりました。精選落語会を主催した矢野誠一さんは、多分私以上の志ん生フリークで、精選落語会に積極的に志ん生を出演させました。志ん生も矢野さんの心意気に答えて最後まで精選落語会に出演しました。志ん生は78歳で高座を降りましたが、その時の高座が昭和43(1968)年10月9日の精選落語会で、「二階ぞめき」から「王子の狐」に噺が変わりました。
 
 志ん生は日本一落語が好きだった噺家で、演目なんかどうでも良くて、とにかく語り続けたかったんでしょうが、何やってんだか判らなくなっちゃった志ん生を見て長女の美津子さんは、志ん生の名を汚したくないと思い・・・「お父ちゃん。もういいよ」と云って、志ん生の最後の高座としたんですね。
 データ・・・三代目 古今亭志ん朝 昭和13(1938)年3月10日~平成13(2001)年10月1日 享年63 前名=朝太 出囃子=老松 本名=美濃部強次 志ん生二男

コメント

No title

志ん生師匠は最後まで高座に立ちたかったそうですね。
矢野さんの著書によると、”志ん生は自分が現役の噺家のつもりでいたし、常に講座に上がる準備もしていた。そしてその機会を待ち続けていた。待ち続けて待ちくたびれて亡くなった。”
そう書いてありました。今から思うと何かの会のゲストと言形でも良いので、出演させて上げたかったですね。

No title

*菖蒲園さん。。
今は目が痛くて、とても活字を追える状態じゃないんですが・・・矢野誠一さんがお書きになった「志ん生のいる風景」を、10分くらいずつ噛み締めながら読んでます(^ω^)

矢野さんはプレスリーと同い歳ですから、今年76歳になられますね。本は矢野さんが48歳の時に出版したものですが、この人は、私なんかよりよっぽど志ん生が好きなんだと感じられて、嬉しくなっちゃいました(^∇^)

精選の高座を降りてから後に、お座敷に招待されて志ん生が小唄を歌ってる音源が残ってますが・・・声に力がなくなっちゃってて、痛々しい。79歳のお爺ちゃんをそっとして置いて欲しいと云う反面、志ん生が自分からやりたいのであれば、どんなにボロボロになっていても聴いてあげるってのが、志ん生ファンですよね。志ん生は最も客に愛された噺家です(^-^)v

No title

先生、あまりご無理をなさらぬ様にして下さい。

「志ん生のいる風景」はいい本ですね。
私も何回も読みました。今でもPCの側に置いてあります。
(単にそこが本棚なのですがw)
「志ん生は、生きてさへいてくれれば良い」そういう声も有ったそうですね。(^^)

No title

*菖蒲園さん。。
噺家老い易く芸成り難し・・・ってフレーズを何度か使ってるんですが・・・
人間誰しも年老いてしまう訳で、若い頃にはなんでもなく出来ていた事が、身体の衰えによってだんだん出来なくなってくるんですよね。

だからこそ、出来るうちに、たとえドブを這ってでも、死に物狂いで落語の稽古をしないと、今は良くても、30年後にも語り継がれる噺家にはならないって事なんです。テレビになんか出て無駄な時間を使ってる暇なんかないんです。

もちろん、噺家として認められなくてもいいってんなら、その限りではありませんが・・・だったら、タレントとしてやればいい訳で、噺家なんて銭にならない無駄な事はやめた方がいい(^ω^)

No title

やっとお訪ね出来ました。
一分半に満たない短い時間なのに聞いてるとワクワクします。
好きだったな…

No title

*しゅうちゃん。。
そう云えば最近は、志ん朝をやってなかったですね。
志ん朝や小三治はどうしてもたっぷりやっちゃうので、短い演目が少ないんですよね。
お忙しい皆さんの事を考えて、平日は出来るだけ10分前後の音源にするように気を使ってますので、志ん朝物はそう云うのがないので、なかなか出す事が出来ません。長編物は土日に出すようにしてるんですが、長編となると調べる事が多くなり、記事を書くのも大変で・・・(^ω^)

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