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古本まつり


 千代田区神田神保町の書店街で、10月26日(土)~11月4日(月)まで、恒例の第54回古本まつりが開催されているので、27日の日曜日の午後に電チャリ飛ばして見て来ました。
 
 古本まつりの取材と云っても、神保町の交叉点の東西の、靖国通りの南側の歩道および裏通りに古本が並べて売られているだけなので、入谷の朝顔市http://blogs.yahoo.co.jp/yacup/63413455.htmlのように朝顔の鉢ではなくて古本を撮影してもしょうがない。どう云う切り口の取材にするかを考えちゃいました。
 
 先週のテレビ番組で、古本まつりの前の神保町の昔の写真を紹介したのがありましたので、それを最初にちょこっと使わせていただいて、それと同じすずらん通り入り口の部分の駿河台下交叉点のグルリを日曜日の午後に撮影してみました。
 
 神保町には明治39(1906)年創業の「レオ・マカラズヤ」と云う、カバンやバッグの専門店があります。当代のご主人は四代目ですが、二代目のご主人が古い時代の神保町の写真を撮影したのをきっかけに、現在まで神保町の写真を撮影したものを店内に幾つか飾ってあります。私は学生時代に何度かそのカバン屋さんへ入って店内を物色した事があります。カバンを買ったかどうかの記憶はありません。
 
 藪ローカルは製本屋が多くてあまり大きな繁華街がないので、中学生の頃から賑やかな神保町へ自転車でよく通ってました。よく神保町でレコードを買いました。白山通りのレコード社や内外レコード、小川町から聖橋への坂をちょっと登った左側にあったハーモニーと云うレコード屋には、カントリー音楽のマニアックなレコードがありました。その他神保町には中古のレコード屋さんが幾つもありました。
 
 ミズノや「さかいや」などのスポーツ用品店は以前からありましたが、ビクトリアが新宿から神保町に進出してきた頃から、神保町にはスポーツ用品の店が立ち並ぶようになりました。家庭にレコードプレーヤーが無くなってから久しいと思いますが、レコード屋が商売になるのかと思いきや・・・レコード社や御茶ノ水のディスク・ユニオンが営業していたのには、ちょっとビックリしました。楽器屋も随分前からたくさんありました。
 
 内外地図と云う地図の専門店が、地下へ潜ったのかスペースを縮小し、大部分でクロサワ楽器がビンテージ物のギターを売ってました。昔、フォーク歌手のドノバンが使っていたのと同じ、ギブソンのハミングバードの左利き用ギターが売られていたのには驚きました。私の学生時代にはマーチンやギブソンのギターなんか、小川町のカワセ楽器にしか売ってなかったのだが・・・
 
 あの頃の物価は今の十分の一くらいで、しかも一ドルが360円。とても外国製のギターなんか買えなかったのだが、今では数十万のギターが手頃な値段として売れているらしい。貧乏だった日本も経済大国になったもんですなぁ。いいギターが買えるのはいいんだが、ありがたみがねぇんだよなぁ。マーチンを下手糞なヤツに弾いてもらいたくねぇよ(^ω^)
 
 私がよく通ってた頃のすずらん通りには、コンビニもハンバーガーもおにぎり屋も、多分自動販売機もなかった。経済大国になった事が果たして良かったのかどうなのか? すずらん通りの南側の地区は、大規模な再開発で巨大なビルが立ち並び、日曜日と云う事もあって人がいないし猫もいない。SF映画に出て来るような「死の町」になっている。再開発で昔の家々が取り壊される前は、谷根千地区と同じように人間が住む町並みが展開されていたんだけどなぁ・・・
後半のモヤ藪部分の撮影データ・・・平成25(2013)年10月27日(日)午後3時頃 千代田区駿河台下

コメント

No title

神保町は高校時代に毎日の様に通いました。高校の前から「有楽町」行きのバスに乗り、「九段下」で降りて、古本屋街を歩いて見て廻りました。
当時は「キネマ旬報」の古本を探していました。
今でも楽しい思い出です(^^)

No title

やっぱりみんな学生の頃、行ってるんですね。いつも本を眺めるだけで、買ったのは江戸川乱歩全集(講談社)セットだけでした。

No title

都電が消え、おけいが飯田橋に移転し、柏水堂が禁煙になり、もはや神保町じゃない。

No title

*菖蒲園さん。。
今は神保町もかなり秋葉原的になっているんですが、当時の御茶ノ水や神保町は学生の町で、文化の香りがしましたね。

銀座は植草甚一さん(1908~1979)のような大人が散歩する町と云うイメージが当時の私なんかにはあったし、六本木や新宿は不良の町。渋谷は発展途上で、池袋は田舎もんの町。秋葉原は機械おたくの町で浅草は庶民の下町と云うイメージでしたから、御茶ノ水や神保町が日本文化の最先端のような感じがしました。

その町にウロウロしているだけで、自分は文化の最先端にいるんだ・・・とね(^ω^)

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*snob先生。。
明治大学のビルも見て回ったのですが、メインの超高層ビルの中に一階から地下三階まである中央図書館と云うのがあって、神保町の書店街を見て回るよりもよっぽど多くの新しい本が在庫していました。小石川図書館の3~5倍以上の規模があるのではなかろうか?

落語のCDがあるのかと思って探したのですが、見付けられませんでした。まだ新しいビルで凄い施設でした。私立大学ってのは、よっぽど儲かる商売なのか・・・(^ω^)

入り口には電車の自動改札みたいのがあって、年間千円かなんかを払ってパスカードを発行してもらう必要があるようです。ただし、30分以内ならビジターとして見学する事は可能です。

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*神保町ファンさん。。
いらっしゃいませ。
どんなに変貌しようとも神保町は神保町だと思います。必死に守らない限り世の中の移り変わりに連れて、変わって行くものだと思います。神保町の交叉点の近く(場所は失念)に日活の映画館があって、そこで裕次郎の白黒映画を見たのが子供の頃の私の神保町の一番古い記憶です。

猿楽町にある私立高校に都電で通いましたので、私に取っては神保町は庭のようなものです。「なんめい座(漢字は失念)」と云う映画館が靖国通りの南側にあって、週に一回は見に行ってたんですが、どこの場所だったのかが思い出せません。現在、神保町花月と云う吉本興業の劇場がありますが、もしかしたらあの場所だったのかも知れません。

すずらん通りの書泉と東京堂の間にモーリと云う洋食屋があって、三省堂を物色した後にモーリでマカロニグラタンをよく食べました。当時から藪さんはバンカラ少年でしたから、あんな旨い物を食ってる米国と戦争するから日本は負けたんだと思ってました。グラタンはイタリアだなんて事は知らずに、日本の貧しさに比べて米国のあまりの豊かさにショックを受けていた時代でした(^∇^)

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こんばんは。(*^-^*) お疲れさまです。
おむすびから急に藪さんの動画に入るとは・・・
またまたこれもおされ~な演出ですね~。
昔の面影を探しながら今と昔を歩く・・・良いですね。
思い出の商店街が死の町化しているのは
寂しいですね。(´・-・。)クスン
小さい商店はどんどん姿を消してしま中、
このかばん屋さんには皆様の思い出と共に
代々続いてもらいたいですね。
大きな通りのご撮影で車が邪魔になったでしょう。
お疲れさまでした。(^_-)-☆

No title

*まーぶるさん。。
歩道の古本に人々が群がっている状況が撮影出来ていないので記事タイトルをどうしようかと思っちゃいました。とにかく歩道がスムーズに歩けない状態なのでその部分の撮影は断念して、カバン屋なので空いているマカラズヤを撮影した後は、駿河台下の交叉点のすずらん通りの出口に移動してそこから動かずにグルっと360度を撮影しました。

その後は、駿河台の坂を登り左側にあるスパイス・キッチンと云うインド料理の横の富士見坂・・・現在はビルだらけで富士山は見えない・・・の撮影と、坂の右側にあるクロサワ楽器を撮影して、明治大学の図書館の見学。山の上ホテルを回ってから坂を下りて、神保町花月の撮影。その後東京駅まで電チャリをぶっとばし、ホンの数分撮影して、神保町のとんかつ屋が空いて来てると思って、四時半頃にとんかつ食べて帰宅せり。以上。報告終り! (^ω^)

No title

こんばんは~

神保町やこの辺り、坂が多いですよね~。
私にとっては、スキーのお店と古本屋さんが多いのが神保町ですね~。
古本屋が多い理由はかなり前のぶらタモリでやっていました。
知る人ぞ知るといった感じのお店も沢山ある街ですね。

ナイス☆彡

No title

*まあるさん。。
武蔵野台地が江戸湾と接する地帯ですので、高い丘と昔の川筋が入り組んだ地域です。神保町は低地で白山上の台地から低地に至る白山通りと、九段の台地から低地に至る靖国通りの交差点です。地形の高低差が好きなタモリなら、仕事を休んで毎日でも散歩したい地域ですね(^ω^)

短い動画取材でしたが、東京駅の動画取材記事をこれから上げるつもりです(^∇^)

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