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黄金餅


 らくだとあだ名された馬さん(上方では卯之吉)は、貧乏の末、ふぐ食ってふぐ死んじゃったようですが、同じ貧乏でも門付けで念仏を唱えちゃ小銭を貰って歩く西念(さいねん)と云う坊主。患って寝込んでしまったところを、同じ長屋の隣に住む金山寺味噌を売り歩く金兵衛さんが見舞いました。
 
 どうしたんだい? 薬を飲んでるのかい?
 薬九層倍と申しましてな、医者を儲けさせるだけですから飲んでません。
 
 それじゃ治る病気も治らないぜ。何か工夫をしてるのかい?
 はい。水を飲んでます。
 
 水なんか飲んだって腹がガブガブするだけだろ。病気が治るのかい?
 病が下りゃしないかと思って・・・
 
 しゃあねぇなぁ。何か好きなものを食べると元気が出るって云うぜ。
 それじゃあ、餡ころ餅を買って来てください。
 
 判ったよ。どのくらい買うんだい。二朱(一万円)ばかり買って来てください。
 随分買うんだなぁ。じゃあ、銭出しな。あなたが云ったんだから、あなたが出してください。
 
 まあ、しゃあないな。病人の云う事だ・・・と金さんは一万円もの大金を出して、親切にも大量の餡ころ餅を買ってきてあげました。ありがとうございます。じゃあ、あなたはお帰り下さい。なんだなあ? せっかく俺が買ってきてあげたんだから、金さん、ひとつ食いなよって云やぁいいじゃねぇか・・・
 
 病人と言い争ってもしょうがないのでしぶしぶ金兵衛は自分の部屋へ戻りましたが、あんなに大量の餡ころ餅をどうするのかって、藪さんでなくても探究心が湧いてまいりました。下谷のボロ長屋の薄い壁ですから簡単に穴が開き、その穴から覗いて見たら・・・
 
 大量の餡ころ餅の、餡と餅を分離すると云う内職が始まり、おやおやっと思っていると西念は汚い胴巻き取り出してしごくと、中からとんでもない数の二分金(四万円金貨)と一分銀(二万円銀貨)が飛び出しました。西念はその金を餅で包んで飲み込み始めましたがやがて苦しがって呻きました。
 
 金さんは慌てて西念の部屋へ飛び込み、餅を吐き出させようとしましたが、一つも吐き出さないうちに西念は息絶えました。天下の通用金を飲み込んで死ぬなんてもったいない事をするなぁ。果てさてどうやって取り出そう。
 
 死骸をそのままにはしておけないので、大家さんに連絡して葬儀万端整えた・・・と云っても貧乏長屋だから通夜の真似事しか出来ないが・・・困ったのは西念には身寄りが無いから葬る寺がない。親切な金兵衛さんが麻布の自分の寺へ葬ろうと云ってくれたので、下谷の山崎町から麻布絶口釜無村(あざぶぜっこうかまなしむら)の木蓮寺まで、早桶代わりの菜漬けの樽に入れた西念を運び込み、天保六枚(9千6百円=天保銭は本来は百文だが、粗悪品のため80文の価値しかなかった)を親切な金兵衛さんが自腹を切ってお経を上げてもらい、桐ヶ谷の焼き場へ一人で早桶を担いで持ち込む。
 
 仏の遺言だから、腹のところだけは生焼けにしといてくれと云い残して、新橋の夜明かしで一杯やってるうちに空が白んできたので、焼けたか~! と焼き場を叩き起こして、西念の腹から大金を取り出して、その金を元手に目黒に黄金餅と云う餅菓子屋を出して繁盛したと云うおめでたいお話の一席でした(^∇^)

音源データ・・・昭和36(1961)年7月11日 志ん生71歳時 倒れる5ヶ月前
 
 データ・・・五代目 古今亭志ん生(1939年襲名) 明治23(1890)年6月28日~昭和48(1973)年9月21日 享年83 前名=七代目 金原亭馬生(1934年襲名) 本名=美濃部孝蔵 出囃子=一丁入り 落語協会第四代会長(1957~1963) 紫綬褒章(1964) 勳四等瑞宝章(1967)
 
 この演目は三遊亭圓朝の作と云われています。下谷の山崎町を出まして~麻布絶口釜無村の木蓮寺までの町尽くしの道中付けや、金魚~金魚~の珍妙なお経は、大正2(1912)年1月の「文藝倶楽部」に五代目と六代目 圓生の師匠だった四代目 橘家圓蔵(品川の圓蔵)の速記があって、それが原形のようです。
 
 志ん生と云うと昭和24年8月の映画「銀座カンカン娘」や、昭和37年11月の新宿末広亭の楽屋で煙管で煙草を吸っている動画が残っているのですが、東京深川森下の馬肉料理みの家の二階で一人で飲んでいる時http://blogs.yahoo.co.jp/yacup/63801175.htmlには紙巻煙草を右手に持っているし、自宅ではピースを吸う事もあったようです。火鉢の前に座って煙管を吸っている動画も残ってますが・・・
 
 最初に出て来る浮世絵風の絵は、地味だと思われていた志ん生が着ていた羽織の裏地です。粋な芸人ってのはそう云う目立たないところに色っぽい大人のお洒落をするんです。

コメント

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*ひでさん。。
映画の事をよくご存知ですね。例の「寝ずの番」ですが、映画は見てませんが図書館で中島らもさんの本を借りて読みました。原作はパート3までの百ページ程度の短編なので一気に読めました。「そそが見たい」には、らもさんらしいギャグで笑いました(^ω^)

亡くなった師匠の通夜で酒に酔った弟子たちが死んでる師匠をらくだに見立てて「かんかんのう」を一晩中踊らせちゃう(^ω^)

あとはエロ噺のオンパレードですね(^ω^)

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こんばんは。(*^-^*) リコメお疲れさまです。
優しい金さんの駄菓子屋さんが繁盛して良かったです。(^_-)-☆

No title

寺の坊主と金兵さんのやり取りも面白かったし、オンボヤキのおじさんもなかなか味のある会話でしたね。
それにもう一つ弔いが通る道筋をリズムかるに話して『私もくたびれた』何て処も志ん生さんしか出来ないと思います。
志ん朝さんもやって居たんでしょうか?
兎に角、大好きな演台です。ありがとうございます。https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s86.gif">

No title

藪さん。映画「寝ずの番」ではその亡くなった師匠を監督の兄弟である長門裕之がやってます。死人なのに、踊りにあわせて足が動いてるシーンは笑いました。

山田洋次は、寅さんシリーズの前はハナ肇主演で何本も喜劇をとってます。「懐かしい風来坊」「馬鹿まるだし」「馬鹿が戦車でやってくる」

その中でも「運が良けりゃ」は落語を題材にしてるのと、時代劇という点で異色です。

No title

こんばんは。(*^-^*) 今日一日お疲れさまでした。
落語はお師匠さん達の
声色、表情、仕草を目や耳、心で楽しむものであって
藪さんの字だけで
このお噺を満喫できない愚か者の私がいます。(*ノω<*)
動画を楽しむ時間が無くてごめんなさい。
お休みなさい。

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*snob先生。。
落語では長屋の連中は金に執着しない姿で描かれますね。掛売りだったから節季の支払いさえ何とか切り抜ければ、特に金は必要ないので積極的に働こうとはしない。西念は非常に特殊な人物で、金を貯めて何かをしようと云うのではなくて、金を貯める事が生き甲斐だったんですね。金があっても使いたくないんです。

それに比べると隣に住む金さんは、金はないけど気前よくドンドン使っちゃう親切な人です。金が溶けなくて金さんに渡って良かったですね。情は人のためならず。乱暴な描かれ方はしていますが、この噺は法話にも匹敵するいい話です。

マルクスやレーニンは江戸時代の長屋の生活を参考にしたかどうか知りませんが、共産主義と云う馬鹿な社会を作ろうとしました。彼らには「人間は怠ける動物」と云うパラメータが欠如していたので、20世紀末までにはことごとく共産主義国は破綻しました。

現在共産主義だと云ってる国は、共産主義とは名ばかりの軍事独裁国家で一部の支配階級が国民を搾取するひどい状態になってます。

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*キャバンさん。。
落語は歴史的事実を語っているドキュメンタリーではありません。ファンタジーなんです。どこが悲惨なんですか?

西念は金を持っているのに使わない悪いヤツなんです。日本国民が全員箪笥に金を溜め込んで使わなかったら日本経済はどうなります? メーカーは物を作っても売れないから赤字になるのを避ける為にコストカットをします。賃金を下げ従業員の首を切る。町には失業者が溢れ住宅ローンが払えずにホームレスが続出する。

キャバンさんのようにレジャーにドンドンお金を使ってくれないと、日本経済は好転しません。藪さんは日本経済を好転させる為にいっぱい酒飲んで、たくさんの酒税を払ってます。藪さんは日本経済の為に缶チューハイを飲んでるんです(^ω^)

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*Marsさん。。
この演目は、焼き場の死人の腹から金を取り出すと云う、一見残酷な話のように聴こえるんですが・・・生焼けじゃなくて、よく焼いて金を溶かしちゃって、骨と一緒に溶けた金属を骨壷に入れて埋葬する方がいいとは云えません。

現在は「貨幣損傷等取締法」ってのがあって、貨幣を鋳潰した場合は一年以下の懲役または20万円以下の罰金です。面白い事に紙幣(日本銀行券)は燃やしても罰則はありません(^ω^)

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*まーぶるさん。。
私が書く文章に洗脳されてはいけません。何故キャバンさんが「悲惨」とお書きなのか・・・

金山時味噌を行商している長屋に住む金兵衛さんは、もちろん貧乏のどん底です。それなのに隣に住む西念さんが病気だからと云う事で、なけ無しのお金をはたいて大量の餡ころ餅を買ってきてあげる。更には、貧乏な長屋の連中から香典を集めた訳でもなく、葬式代を自分一人で払ってます。そんな親切な人はいません。おそらく金兵衛さんは味噌を仕入れるお金もすべて使ってしまって一文無しです。

この演目は、死人の腹から金を取り出すのが残酷だと云われてます。でも私が金兵衛さんのかたを持つのは、何もそこまでして上げる事はないのに、隣人の西念さんの為に全財産を使い果たしてしまう。「文七元結」の長兵衛の行動とコンセプトは一緒なんです。情は人のためならず。みんな自分に返って来るんです。そう云う言葉もこの音源では大家さんが云ってます。

だから西念の腹の金は金兵衛さんのものになって当然なんです。

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*与太郎さん。。
この演目は、死人の腹から金を取り出すと云う、ある意味非情な展開には違いないんです。それを何故志ん生がおどろおどろしさを感じさせずにスッキリ演じる事が出来たのかと云うと、満州へ慰問に行って終戦になり引揚げ船に乗れなくて、志ん生死亡説も出たほど「空白の600日」と云う大陸で悲惨な経験をして来たからだと云われてます。

面白い事に、圓生の師匠の四代目 圓蔵が持ち根多にしていたこの演目を、志ん生と一緒に満州へ行って同じような悲惨な体験をしている圓生が持ち根多にしてないんです。志ん生と圓生は十歳の年の差がありますが噺家としては同時代人ですので、志ん生のあまりの出来の良さに圓生は遠慮したものと思われます。

志ん朝は黄金餅を持ち根多にしてます。志ん朝の13回忌の記事の動画で出囃子の「老松(おいまつ)」の後に「志ん朝のお経」の音源を付けました(^∇^)
http://blogs.yahoo.co.jp/yacup/64253784.html

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*ひでさん。。
ハナさんの「馬鹿が戦車でやってくる」は見ました。山田洋次さんは既に寅さん的なキャラクタをハナさんにやらせてましたね。私がいい映画だと思ったのは、昭和41(1966)年に山田さんがブルーリボン賞の監督賞を取った「なつかしい風来坊」で、有島一郎さんと共演した映画です。ひでさんも挙げてらっしゃいますが、実に素晴らしい映画でした。

真面目な公務員役の有島さんと、ぞろっぺな風来坊の日雇い労務者役のハナさんが、実に上手く描けてました。

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*まーぶるさん2。。
そんな事はありません。まーぶるさんが愚かだなんて云ったら、藪さんはどうすりゃいいんですか? 上海の方へ逃げなきゃなりません(^ω^)

藪さんはまあ団塊の世代なので、業界用語で云うと前期高齢者って事なのかな?
でも、藪さんの心情はめっちゃ若者だよねぇ。藪さんよりはるかに年齢が低いのに、末期高齢者的にボケちゃってる若者がいっぱいいます。

そう云う人たちには是非藪さんのブログをごらんいただいて、コメントを書いて藪さんのリコメをお読みいただきたい・・・ですね(^ω^)

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藪さん、沖縄から、アマゾンの電子辞書に付録でついていたWi-Fiで送信したので、携帯電話みたいな状態で、短くなりました。
私が、この噺を聞いたのは、談志家元のどこかのホール落語です。「人間の業」の工程を地で行く話に感心しましたが、他方、西念がいかにひどいと言いながら、ここまでやったら、「ファンタジー」はなくなるのではと思ったのですね。落語国の「夢」を壊してる…・

紺屋高尾や幾代餅の「ファンタジー」は出てこないし、そもそも「江戸の名物の黄金餅」は存在しないので、「歴史的事実を語るドキュメンタリー」の前提にもなりえないのではないでしょうか?
紺屋高尾や幾代餅のような歴史的事実もさもありなんというファンタジーがないです。
珍しく正面から反論ですが、この噺は本当によくできていることは否定しません。
「悲惨すぎます」・・・・落語国の夢を壊していると思うからです。

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*キャバンさん。。
もちろん、その通りなんです。
溜め込んだ金を餅に包んで飲み込んで、それが原因で死んじゃった。焼き場で腹のところだけ生焼けにして、金を取り出して目黒に餅屋の店を開店した・・・そんなの事実じゃないに決まってます(^ω^)

そう云う面白さを語るのが落語のファンタジーだと藪さんは思います(^∇^)

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一点だけ。
落語のファンタジーは、その言葉のとおり、「楽しく」「明るい」のが基本でしょう。この噺は陰湿です。よくできた噺ですが、もしこのまま「黄金餅」を開店しても、「もう半分」で終わるでしょう。それが見えてしまうので、この噺は、楽しい場面が多すぎるのは、そうした配慮としても、落語国のファンタジーにはなりえない噺だと思います。

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snobさんの仰っている事が私の思いに一番近いと思います。

残酷なのは行為であり、悲惨なのは状態です。
この噺は現代の感覚では残酷では有りますが悲惨では有りません。
それは江戸と言う時代だと思います。

打ち首の罪人の獄衣を後で売るために「獄衣を汚さぬような首打ち」の為の作法を教える人々の話、打ち首の顔を隠すたった1枚の紙を「自分の為に一枚の大切な紙が勿体無い」と言って顔を隠さず首を打たれた罪人の話等を読んだことがあります。
それがその時代の庶民以下の人々の暮らしなんでしょう。

だからこそこの噺は志ん生師匠の語りに救われる思いがするんです。

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志ん生師匠の羽裏ですか…良いですね。
本当のお洒落は見えない所でするのが粋ですね。
実は結構私も羽裏には凝ってます。
でも「見せたい・見せられない・見せるのは粋じゃない」と言う事でじりじりしたりして(笑)
なので下衆なオバサンはさり気なく羽織を脱いで見えるように畳んで置いたりしてみたりして(笑)
粋になりたいと思いながらもなれないオバサンです(汗)

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*キャバンさん。。
「もう半分」の悲惨さとは違いますよ(^ω^)

「もう半分」はウソを付かれてお爺さんが身投げしちゃう訳ですから、その恨みが祟る訳です。でも「黄金餅」はそうじゃないです。金兵衛は西念の今わの際の頼みを聞き入れて、自分の金で大量の餡ころ餅を買ってきてあげます。それは功徳以外の何物でもありません。西念は金兵衛が殺したんじゃなくて、自業自得で死んだんです。

腹の中のお金は云わば、身寄り頼りのない西念の金兵衛に対する遺産だと思うのですが・・・
現在の法律だってそうでしょう。西念の腹の中の金は拾得物として政府が没収するんですか? (^ω^)

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*しゅうちゃん。。
マルクスとレーニンの共産主義を引き合いに出しましたが、共産主義の考え方は確かに素晴らしいんです。人間も原始の社会に於いては原始共産主義でした。現代で云えば、野生のサルの社会とか野生動物の社会が原始共産主義と云えます。

しかし人間は文明社会を作りました。そこには当然富める者と貧しい者の格差が出てきます。何故共産主義が破綻するのかと云うと、人間は怠ける動物であり、働いても働かなくても同じように食えるとなったら誰が働きますか。

一方で、江戸時代の長屋の生活ってのは理想的な共産主義社会だったと云えます。病気で親が働けなくて子供がひもじい思いをしていたら、ご飯を持って行ってやって自分は芋を食べて我慢する(「お化け長屋」のマクラ)。

志ん生は、敗戦で日本に帰れなくて、支那人の略奪にあった日本人の死体を満州でたくさん見てきてるはずです。志ん生はその嫌な時期の事はほとんど語りませんでした。それは志ん生のサービス精神で、嫌な話は聞かせたくないと云う芸人根性なんです。

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*しゅうちゃん2。。
志ん生の草履には徳利の焼印が押してある(^ω^)

志ん生は粋なお爺ちゃんだったはずです。じゃなかったらあんなに素晴らしい落語が語れるはずがありません。志ん生は既存の落語を語ったんじゃなくて、志ん生と云う自作落語を語ったんだと思います。

噺家ってのはやはり人間的魅力が大事なんだと思います。人間的魅力のない噺家がどんなにテクニックを労して落語を語ったって、客を惹き付ける事はできないと思います。

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