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厩火事


 むかしむかし、とうもろこしの国に白い馬を可愛がっていた子牛がいてな、馬が焼けたけど食べなかったらしい。馬肉は嫌いだったのか・・・
 
 なんか最近落語を聴くのが詰んなくなってきて、落語のパロディの方が面白いかも知れないと思えるようになってきました。ブラックさんなんかはそう云う心境になったからああ云う落語をやったのかも知れないなぁ。
 
 まあそれはさて置き、落語ってのは作品を語るものです。噺家(落語家)ってのは、作品の語り手です。自分で作った新作落語(創作落語)以外は、同じ演目を何人もの噺家が自分の持ち根多にして語るのが落語のスタイルです。料理と同じで「売れる味」を出せなければ、プロの料理人とか噺家とは云えないんです。
 
 だから、名演は「誰々(噺家)の何々(演目)」と云われるんです。志ん生の「替り目」とか、文楽の「船徳」とか、金馬の「藪入り」ってな按配です。つまり落語ってのは大衆演芸ではあるんですが、それなりの名を成している噺家ってのは、他の噺家とは比べ物にならないくらいの稽古をして、自分が演じる根多を得意演目にしているんです。
 
 もちろんそんな事は、実際の口演時には微塵も感じさせません。でも・・・聴く耳を持つ観客なら、その違いは歴然と判るんです。小椋佳さんが作った梅沢富美男さんの「夢芝居」と云う歌の歌詞に「稽古不足を幕は待たない」ってのがありますが、厳しい芸人の世界を語っているんです。
 
 「芸」ってのは、芸人が自分でとことん「ダメ出し」をするものであり、客に「ダメ出し」をされるようになっちゃ、芸人なんか辞めた方がよろしい。
データ・・・露の紫(つゆのむらさき) 本名=矢野ゆかり 愛媛県出身 昭和49(1974)年4月6日~ 露の都門下(2008~) http://ameblo.jp/murakugo/
 
 何故藪さんがこのような動画を出すのか不思議に思われたかも知れません。何も入門五年目の新人の落語を皆さんにお聴きいただこうと思った訳ではありません。大阪の林家一門の総帥で、去年紫綬褒章を受章した四代目 林家染丸さん(1949~)が再度の脳梗塞で入院して7月に退院なさったらしい。
 
 そして新人落語の審査員をなさったのですが・・・お聴きいただくとお判りのように、ちょっと喋りが完全には回復していないですね。噺家は喋りが商売です。過去に何人もの噺家が脳の病気で噺家生命を失ってしまいました。大阪落語の長老達は健康を害していて高座に立てない状況です。これからは染丸さんの年代の噺家が大阪落語を牽引して行かなくてはならないのですから、出来るだけ早く回復していただきたいと願います。
 
 ところで、物凄い数の落語会に出没しているらしい堀井ちゃん(堀井憲一郎 1958~ フリーライター)ですが、大阪にまで出向いて新人落語の審査員をやってるのか? と思ったら、元々堀井ちゃんは大阪天王寺の生まれで京都育ち。京都の高校の落研に所属した後に、東京の早稲田大学へ入学した阪神タイガースファンなので、大阪の落語にも詳しいんですね。知りませんでした。
 
 「厩火事」と云えば桂文楽の十八番だし、志ん生や東京の噺家がたくさんやってますね。大阪の人がやってるのを聴いたのは初めてです。「麹町のサル」の部分は地名を大阪のものと変えてませんね。えび助君情報だと、近年は東京の根多を大阪の若い人が演じるケースが多くなっているようです。
 
 その逆もしかりで、大阪の根多を東京の若い人がやってるのをよく耳にするようになりました。これだけ掃いても捨てきれないほど噺家が多くなると(東西で800人くらいいるらしい)、同じ地域に同じ根多をやる噺家ばかりになってしまうので、かつてのように移植と云う事ではなしに、根多不足の為に新根多として別の地域の根多をそのままやるって事が多くなっているのかも知れません。
 
 しかしまあ、たい平はひとつの芸能人のあり方なのかもしれないな・・・って藪さん、最近トゲが無くなってまろやか~になり過ぎてねぇ~か? (^ω^)

コメント

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一文笛・豆狸・除夜の雪と言ったような噺は勝手にやって良いものなんでしょうか?
それとも稽古を付けてもらいに行くのか、挨拶だけなのか…その辺りをお教え下さい。

私が居た邦楽の世界では、カセットとツケ(譜面)で覚えても舞台には掛ける事は出来ませんでした。当たり前ですが。師匠に稽古を付けてもらって初めて舞台に出られるのです。
落語はどうなんでしょうね。他人がやらない噺を勝手に掛けて良いのでしょうか?

染丸さん…痛々しいですね。リハビリを頑張って舞台に戻って下さることを願っています。
松鶴お師匠さんも頑張って戻られ、その語りをご不自由なりに私達は楽しませていただきましたから。

露の紫さんですか…落語でお1人なのに漫才をやっていらっしゃるように感じました。

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学芸会です。
池田の猪買いは喜多八師も舞台を青梅に移してやっていますが、なげてます。百生が絶品でした。
厩火事は黒門町以外では。。。

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*菖蒲園さん。。
東京スカイ座の曳舟寄席でやったのは、好楽さんの実子の三遊亭王楽(36)でした。米朝さんの出囃子の「三下がり鞨鼓」を使ってるんですね。噺家二世と云う事で30代の連中で「坊ちゃん5」ってのを作ってるらしい。それで当代の春蝶とも親交があるので、そのルートで上方根多を仕入れてるのかも知れません。

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*しゅうちゃん。。
米朝さんの自作根多は、米朝事務所に著作権があると思います。米朝事務所に了解を得ずに演じるのは、米朝事務所から告訴された場合は裁判所の判断にもよりますが著作権法違反として有罪になる場合も考えられます。

本来の落語は、その演目を持ち根多にしている(いた)師匠が存命の場合は、その師匠から口伝、または了解を得ない限りプロは高座で演じる事はできません。持ち根多にしている(いた)師匠が誰も存命ではない場合は、速記本から根多起こしをして高座でやっても構いません。

持ち根多にしている師匠がいるのに、CDで聴いて高座でやるのはプロではなく天狗連と云うアマチュアです。残念ながら現在の落語界はプロではない天狗連が大半を占めています。

染丸さんは、ちょっと言語障害がでてますね。この映像だけでは判らないのですが半身不随も出ているかも知れません。女性アナウンサーや、84歳の金馬さんでさえ染丸さんの状態に気を使ってる感じがします。

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*けんちゃん。。
東西ではやはり、地名が出て来る演目だと地元の地名に変更しないと違和感が出て来るし、変更しても同じような状況でない限り、やはり違和感があるんですよね。

だから「時そば」のような演目は、うどんを蕎麦に替えるだけで何の問題もなく出来るのですが、大阪の北に位置する池田と、東京近郊の高尾山や丹沢だと置き換えるのにちょっと無理がありますね。

百生のように強引に上方落語をそのままで東京でできた人は問題がない訳です。小南さんに対して、大阪の人はあんなのは上方落語じゃないと云うらしいです(^ω^)

そんな事云うなら、こんな大阪弁でやる厩火事は厩火事じゃないって云いたくなりますよね(^ω^)

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米朝師匠の「一文笛」「除夜の雪」は、江戸の咄家も、直接習いに行ってますね、米朝師匠に。
文珍師匠が、よくこぶ平・九代正蔵が、米朝師匠から「一文笛」を習った時のエピソードをマクラで喋ります。
三べん稽古で、正蔵の「一文笛」を聞いていた米朝師匠が、メモ紙に何やらサラサラと書きなさった。しかし、これを手で丸めて捨てなさったそうです。
これを稽古中に見て気に成った正蔵が、米朝に「何をお書きですか?」「稽古の記念に頂いても宜しいですか?」と、米朝師が捨てたメモを頂いたそうです。
そして、帰りの新幹線で、何が書いてあるんだろうと、ワクワクしながら、丸くなった紙を広げてみると、そこには!?

「こいつ、あかん!」

とだけ書かれていたそうです。このマクラを、正蔵をゲストに呼んだ落語会でも喋りますね、文珍師匠。

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髪結いの亭主になるには、もう無理ですが、体の動く限り、ダイビング、カート、その他スポーツ観戦をしていきたいと、思ってますが、できなくなったら「落語」がリハビリになるでしょうね。毎日10時間聞いても、10年は持つだけの音源を持ってますが、新しいものがありません。

古い(?)昭和40~60年代の音源に触れてきていると、自然と、「若手」と言われる雨後の竹の子のような自称噺家さんの話には耐えられないですね。

これは相当悲しいことです。

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*Marsさん。。
こぶ蔵は結構米朝さんのところへ行ってるって事は耳にしますね。
いったいこぶ蔵は何を考えてるんでしょうか? 米朝さんが迷惑だと思う事さえ理解できないんですかね。自分が接する人間の気持ちも理解できないようでは、客が納得する落語なんか語れるはずがありません。

米朝さんのところへ行く前になんで小朝に稽古を付けてもらわないのか? そんな基本さえこぶ蔵は判ってない訳で、落語界みんなが迷惑してるって事も、こぶ蔵ばかりではなく根岸のおかみさんも判ってないようです。判ってたら、数年の状況を見てこぶ蔵を引退させてるでしょう。

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*キャバンさん。。
新しいものに聴くほどの価値があればいいのですが・・・

極端な事を云っちゃえば、談志は五大落語家論とかと云って、私とは違う五人の噺家に言及しましたが、東西含めてせいぜい20人の音源があれば落語の99.999%は語れちゃうと思います。現代の落語なんかまったく不必要です。

にも拘わらず、現代には東西で800人もの落語家がいて、その人たちは既に落語は終わっているって事を知らないらしい(^ω^)

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>こぶ蔵ばかりではなく根岸の

根岸の一味、、、有害なんですねぇ。
八代目が怒って正蔵名跡をかの連中に突き返したそうですが、どんな訳があったんでしょうか。

最近オカシイと感じるのは三木助小林家。あの母親(三代目の娘)の書いているものを見ると、なんというか、バランス感覚ってものが無い人間の異常性を感じます。あれを野放しにしている三木男君の感性も疑われますが。

バカ息子を抱いたバカ母が下手に力を持っているといかに有害か、歴史上のケースそのまんまですね。 たかが落語家の一門でもこんなにかき回されてしまうんですから。
三代目のファンとしては、三木男君がバカ息子じゃない事を祈りたいですが。

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*大木人さん。。
八代目 正蔵が86歳の時に正蔵名跡を返上して彦六を名乗ったと云うのは、別に何かに怒った訳では無くて、正蔵一流の律儀な頑固さからなんだと思います。七代目 正蔵の実子の先代 三平に正蔵名跡を襲名する為に自分が一時的に正蔵名跡を預かっていたけれども、三平が亡くなったので返上しました。

正蔵はそのように考えたんですけれど、歴史的に云えば正蔵は間違って理解していたんです。長くなりますので要点だけ書きますが・・・沼津に出向いて当時隠居名を名乗っていた五代目 正蔵から、六代目の今西の正蔵が名跡を譲り受けました。

六代目 正蔵が亡くなり柳家の名跡として正蔵名跡が預かりになりました。三語楼が三代目 小さん門を出て三語楼一門を作った時に、権太楼や金語楼や小三治と云う柳家の名跡を持って出ました。四代目 小さんの時代になり、小三治は三代目 小さんが初代を名乗った柳家の重要な名跡だから柳家本家に返せと云ったのですが三語楼が返さなかったので、小さんは怒って八代目 小三治を柳家本家に作りました。

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*続き。。
同時期に七代目と八代目の小三治が存在すると云う不祥事に発展してしまったので、当時柳家の長老だった五代目 左楽の調停で、小三治名跡を返納させる代わりに柳家の預かり名跡の正蔵を、七代目 小三治に一代名跡として貸し与えたのです。

昭和24年に七代目 正蔵が亡くなり、その名跡は柳家本家に戻りました。その二年前の昭和22年に四代目 小さんが亡くなり、弟子の九代目 小三治が真打ちおよび小三治襲名披露興行中でしたが、小さんの急死によってそれが続行不能になりました。

四代目 小さんの総領弟子の五代目 馬楽が小さん門を引き継げば問題なかったのですが、貧乏な馬楽には小三治の襲名披露を続ける金が無い。五代目 左楽の弟子の八代目 文楽が小三治を預かり弟子にして、文楽が自費で小三治の襲名披露興行をやりました。

柳家の大看板の小さん名跡が上がってないのは困るので、昭和25年に文楽は預かり弟子の小三治を五代目 小さんにしました。面白くないのは四代目の総領弟子だった馬楽です。自分の弟弟子が柳家の筆頭名跡を名乗るなんて・・・

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*続き2。。
トンガリと云われた馬楽は黒門町の文楽の家へ怒鳴り込みましたが、それは小さん門を馬楽門に直さなかった馬楽の不作為行為であり仕方がないんですが・・・

またまた柳家の長老の五代目 左楽が登場し、馬楽に正蔵名跡の八代目を一代名跡として貸し与える調停をしました。七代目にしろ八代目にしろ正蔵名跡は亡くなるまでの一代名跡として柳家本家から貸し与えられたものであって、海老名家や岡本家のものじゃないんです。

八代目 正蔵が86歳の晩年でボケでしまったのか、七代目 正蔵の未亡人に正蔵名跡を返したりするから名乗る資格なんかまったくない九代目が登場しちゃったりするんです。

五代目 柳亭左楽も四代目 柳家小さんも八代目 桂文楽も既にこの世にいません。ボタンが掛け違ったまんま、九代目 正蔵とか東京で林家の屋号を名乗ってる連中がいますが、その間違いをちゃんと糾せる人が業界にはいません。

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九代目正蔵が誕生したことは痛恨の極みですが、今の圓歌がある落語会で語っていました。
八代目が律儀に(それは間違いだったのですが)海老名家へ名跡を返しに行ったとき、円歌が同道していたのだそうです。
そのとき海老名の女主人(三平の母親)がすんなり受け取った。海老名家を出た八代目は圓歌に毒づいたそうです。「ばばぁ、うけとりゃぁがった!」と。
八代目としてみれば、「どうぞあなたが生涯お使いください。それはお返しになるのなら、本来の持ち主(それが誰かは問題ですが)へ」とでも言われることを期待していたのではないかと思います。
海老名家のばばぁの料簡違いが大きな問題でもありましたね。

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*けんちゃん。。
こぶ蔵が誕生したと云うのは、一にも二にも、落語協会の興行を一手に引き受けている鈴本演芸場の席亭が、襲名興行で儲けると共に、落語協会への強力な発言権を維持するためだったと思います。現在の鈴本の一般的なトリのスタイルは・・・圓歌、小三治、こぶ蔵になってますね。

正蔵名跡は柳家本家の預かりであり、襲名に関しては落語協会の承認が必要ですが・・・当時の会長は・・・馬風。こぶ蔵襲名のどさくさに紛れて、六代目 小さんも作ってしまいました。それらはすべて談志と小三治の責任だとは云いませんが、かつての五代目 左楽のように戦前の睦会で苦労を重ねてきて、落語界全体を見渡せる力のある長老がいなくなってしまったのも、現在の落語界の混乱に繋がっているんだと思います。

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そうか、六代目小さんもあのどさくさの産物か。涙がチョチョギレルと私の故郷の方言では言います。

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鈴本の席亭
好きですよね、根岸一家を!!九代正蔵を五月のゴールデンウィーク興行の芝居のトリに必ず使います。
初代・三平さんに、どんだけ義理があるんだろうか?と、 分裂騒動の頃にも、借りがありゃしないか?と、思う今日この頃です。
でも、流石に、小三治師匠が、寄席の出番を制限するようになり、鈴本も頼る相手を変えてきています。喬太郎と菊之?瀞です。

稲荷町
弟子・一門に、「林家」を名乗らせないようにしたのが、稲荷町の師匠の根岸への抵抗なんでしょうね。
あの根岸のババぁが、亡くなったら、知っている限りのエピソードを語りたいと思います。

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*けんちゃん。。
噺家がどんな名前を名乗ろうと、本来そんな事はどうでも良くて、その噺家がどう云う落語をやるかって事なんだと思います。だから実力のない噺家にとっては先代以前の噺家が大きくした名跡ってのはむしろ邪魔になると思います。

本当に実力があるんなら今名乗っている名跡で十分なんです。馬生や志ん朝は何も一門の最上位名跡である志ん生を名乗る必要の無いほどそれぞれの名跡を大きくして、それが紛れもない大看板になってるんですからむしろ志ん生を名乗らなかった事で、今の古今亭・金原亭は本家の三遊亭に代わって十分に柳家に対抗できる勢力になっていると思います。

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*Marsさん。。
鈴本は芸術協会を切って、落語協会一本でやってるから売れ筋の噺家を回してくれなくなると困るんでしょうね。こぶ蔵は落語はどうであれ、知名度は高いから客を呼べるでしょう。

現在東京で林家の屋号を名乗っているのは・・・旧七代目 正蔵系の旧三代目 三平一門のこん平一門。旧八代目 正蔵一門の木久扇一門、旧二代目 橘家文蔵門の正雀とその弟子。紙切りの正楽は六代目の今西の正蔵門だから問題なし。

一代名跡として名跡を貸し与えた場合、その噺家が死ぬまで貸し与えられる訳ですから、死んだら柳家本家にその名跡は自動的に戻ります。問題は弟子はどうするかって事です。八代目 正蔵は55歳の時に一代名跡として貸し与えられたのを十分承知していたからこそ、木久扇以外の弟子にはすべて林家以外の屋号を名乗らせました。

照蔵が真打ちになる時には、柳橋に頼んで春風亭の名跡の五代目 柳朝を名乗らせました。藪さんの考えでは直弟子の屋号は既に名乗っている訳なので、一代限りはそのままでもいいと思います。ただし孫弟子には林家の屋号を名乗らせる事はできません。

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*続き。。
藪さんの公式に従って考えていただければ、どれがNGなのかがすぐお判りになると思います。

七代目 正蔵系で林家の屋号を名乗れるのは、七代目の直弟子だった先代 三平のみであり、三平の弟子のこん平一門はこぶ蔵を含めてすべてNG。八代目 正蔵系は木久扇のみOKで、木久扇の弟子たちはすべてNGなんです。林家正雀もNGです。

正雀は、柳家か蝶花楼の屋号に変更すべきであり、林家の屋号を名乗りたいのであれば上方の染丸一門に移籍しなくてはなりません。

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