FC2ブログ

記事一覧

ツバメの回診


 「ツバメの回診」と書くと、「ツバメが回診する」と云う意味にも取れるので、「ツバメを回診」と書かなくてはならないのかも知れない。日本語の助詞の使い方って難しい。日本語ってムズいよね・・・なんて云われると、藪さんは背中がムズ痒くなってきます(^ω^)

藪さんが子供の頃にはまだテレビがなかった。いや街頭テレビってのがあって、ほんの数十分、力道山のプロレスや栃若(とちわか=栃錦と若乃花)の相撲をやっていた。

一般家庭の団欒と云えば、昭和20年代後半に続々誕生した民放のラジオ放送でした。当時は録音テープが高価だった為に、ラジオ番組の多くはライブ放送でした。

志ん生と文楽と圓生と云う噺家の性格を現すのに、当時の面白い逸話があります。志ん生は、何分でお願いしますと云ってもまったく時間を守らない。文楽は、あたしの落語はちゃんと時間が決まってるので、時間の変更は出来ません。圓生は、何分でと云われたらちゃんとその時間で落語を過不足なく収めた。

志ん生、文楽、圓生と云う戦後昭和の落語界を発展させた不世出の大師匠たちは、考えてみると戦国武将の信長と秀吉と家康に似ているのかも知れません(^ω^)

藪さんが何故落語の記事を書くのをやめちゃったのかと云うと、現在の落語界が半世紀前の昭和30年代の素晴らしかった東京落語の最盛期と比べるとあまりにもみすぼらしいからです。

今の落語界には信長も秀吉も家康もいない。小兵(こひょう)だけなんだよね。そんな連中に付いて藪さんは論評する気はない。今の落語界よりツバメの子育ての方がはるかに素晴らしい(^∇^)

https://www.youtube.com/watch?v=R8dD_hMoBig
 撮影データ・・・平成29(2017)年5月27日(土)午後二時過ぎ 都内某所M

コメント

No title

こんにちは。(*^-^*)
ご回診お疲れさまでした。
産卵床から小さな嘴がちょこっと見えました。
o(*⌒―⌒*)oにこっ♪
雛が誕生するとひたすら雛に餌を与えて
飛び回っている印象がありますが
産卵床にとまってるのはヘルパーさんかしら!?
ツバメを見てると面白くて可愛くて・・・
目が離せないですね。o(*⌒―⌒*)oにこっ♪

No title

もういいかい。まあだだよ~。
巣立ちまだですか~?
今朝ツバメと思しき鳥の群れが空いっぱいに飛び交っていました。
どこかに巣があってどうやら飛行訓練が始まったようです。
鳴き声を聞いてどこかで聞いたような???ってここのブログで聞いた鳴き声でした。
後ほどアップしますのでご覧ください。

No title

*まーぶるさん。。
この動画をよく観察すると、産卵床からヒナの二羽の小さなクチバシが首を出すのが判りますね。卵から孵化してから三日目くらいと思われるヒナです。この時期のローカルの産卵床の回診は、様々な大きさのヒナが観察できるので楽しいです(^∇^)

ヒナが小さいうちはヒナにエサを与えるのはお母さんだけです。半分消化してから吐き出してヒナにエサを与えるなんて事はヘルパーさんのオスはやりません。

ヘルパーさんは基本的にはお母さんのガードマンなのでヒナにエサを与えません。ただし巣立ち間際に大量にエサを食べる時はお母さん一羽では間に合わないので、ヘルパーさんもエサを与えます。

この動画で産卵床の右の端に止まっているのはお母さんです。ヘルパーさんはお母さんがエサを獲りに行っている間に産卵床のガードに入る事もありますが、長くても一分以内でお母さんが帰ってきたら産卵床の入口が見渡せる電線へ移動します。

折角ツバメがまーぶるさんの玄関先に産卵床を作ってくれたんですから、ツバメの邪魔をしないようにしっかり観察しましょう。誰も文章にしていなかったツバメの生態が判ります(^∇^)

No title

*安寿先生。。
藪さんがこれまでに実際に観察したツバメの子育てサイクルは、産卵床を作り始めてからヒナが巣立つまでは一ヵ月半です。当然ながら藪さんは毎年何回もツバメの観察をしていますので、ヒナの大きさを見てあとどのくらいで巣立つなんて事を予想するのは朝飯前(^∇^)

ん?今朝大量のツバメと思しき群れが空いっぱいに飛び交っていた。了解(^∇^)

藪さんの理解では多分それらのツバメは、時期的な事を考えるとファーストランの巣立ったヒナではなくて、セカンドランで南の島から安寿先生ローカルに飛行してきたツバメの大群ではなかろうかと思います。

多摩川か相模川の河川敷に数千羽レベルの大群でやってきているはずです。チュピチュピ チュピチュパ ズィーって、オスのツバメは飛行しながらでも頻繁にさえずります。

オスのツバメのさえずりの声はこれです・・・
https://blogs.yahoo.co.jp/yacup/65777588.html

No title

ツーと来てバッと止まってカラスをメッ!?さて柳家つばめ、のなまえもあるんですね。一度は聞いてみたいてす。ラジオで掛かんないかな。

No title

*盆町子さん。。
ツーと飛んできてルと止まると云う、大阪落語の「鶴」はくだらないけど、「短命(長命)」とか「青菜」のようなパターンで、落語初心者は笑いますね。藪さんは落語じゃ笑わないけど、松之助さんが一時間掛けて「鶴」をやったと云うくすぐりには笑いました(^ω^)

当代のつばめがいるのかどうかは知りませんが、談志と同期で学校の先生から小さんに入門したメガネの五代目 つばめは、飄々とした感じで面白かった。

つばめの「志ん生伝」の音源を上げてあったのだが、諸般の事情で削除されてしまった。藪さんは7年前にはこんな記事を書いていたんだなぁhttps://blogs.yahoo.co.jp/yacup/61514396.html

ヤフーブログは十年以上前にはコメ欄のURLにリンクが付いたのだが、その後はコピペしなくてはならないカッタルいブログになってしまった。仕方無しにセルフトラバするしかない。

五代目 つばめが亡くなってから43年。つばめの事を言及できるのはもはや藪さんブログローカルにしかいないでしょうね(^ω^)

No title

噺家も代替わりをして名称を継いでいますが名前が大きければ大きいほどその違いが判るのでギャップを感じます
圓楽さんがそのいい例です
先代の圓楽さんのソフトな感じはありません
大名跡のイメージが強いほど虚しさを感じます
ツバメもますます忙しくなりますね

No title

*右近さん。。
圓生は、噺家が落語以外の仕事をやると芸が荒れると云ってアルバイトを禁止しました。弟子の圓楽には早々に、文楽に貸していた圓蔵名跡を取り戻して、圓生へのステップ名跡である橘家圓蔵を名乗らせるべきだったのですが、笑点で有名になってしまい、三遊本家本来の落語が出来ていない圓楽には絶望して、圓生名跡は六代目で終りにする決心をしたんですね。

圓生が落語協会から脱退した時に志ん朝が付いてきたので、三遊傍系の古今亭の志ん朝に圓生名跡の七代目を襲名させて三遊協会を立ち上げると云う構想もあったのですが、その圓生の構想に談志が反発して、三遊協会の立ち上げをぶち壊しました。その五年後に談志も落語協会を離脱して立川流を立ち上げましたが、仕事がなくてアルバイトで食い繋いでる始末です。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

藪さん

Author:藪さん

月別アーカイブ