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六芸神


 残念ながら現在の浅草には江戸情緒など微塵も残っていないと藪さんは思います。

本来の江戸っ子ってのは、気合だぁ~なんてバカな事は叫ばずに、地味なお洒落を追求したんです。神田生まれの志ん生は高座ではいつも黒い羽織を着ていましたが、その裏地は浮世絵の美人画。草履には徳利の刺繍がしてある。

つまり見えないところにお洒落をするのが江戸っ子の粋なんです。残念ながら雷門前で客引きをする何社もの人力車屋さんは、外人やおのぼりさんに節操なく声を掛けたりする。そんなのは江戸っ子の片隅にも置けない所業だと藪さんは思います。

観光客に乗せてくれと頼まれた時に、じゃあしょうがないから乗せてやっかってのが、江戸っ子なんです(^∇^)

で、浅草六区もドンドン開発が進んで、東京の歴史ある一流の洋画の封切館だった大勝館のビルを壊して24時間営業のドンキが進出した時には、浅草は終ったと思いました。

更には六区の交番裏のゴチャゴチャした飲み屋街を壊して、大きな商業施設のビルができてしまった。かつては六区交番の左横にあった六芸神の像がなくなってしまった。

でも今回のクソ暑い取材で、六芸神の像は交番裏の奥山通りにある事を発見しました(^∇^)

 撮影データ・・・平成29(2017)年8月26日(土)午前11時前 浅草六区

コメント

No title

おはようございます。(*^-^*)
羽織の裏地に浮世絵の美人。
草履に徳利の刺繍。
おっされ~。(*´꒳`*)ふふ♡
雷門前で客引きをする人力車屋さんいますよね。
鎌倉でも若い人力車屋さんが客引きをしてますよ。
着物の着付けとセットになってる人力車屋さんもあるようです。
思い出作りには良いでしょうね。
六芸神の像が交番の裏通りにあったのですね。
キョロキョロしながら発見するのも楽しいですよね。
o(*⌒―⌒*)oにこっ♪
暑い中ご取材お疲れさまでした。(^_-)-☆

No title

八月下席は芸協ですね(^^)
六神芸の像は移動したので、前より分かり難くなった気がします。

No title

樋口一葉の十三夜に出てくる車引きこそ江戸っ子の車引きでしょう。あの屈折ぶりが江戸っ子です。

浅草は探さないと浅草らしいところが見えなくなりましたね。
六区の瓢箪池とか新仲見世の余荷解屋とか松屋の6階の隅田劇場の市川少女歌舞伎とか・・・三業の料亭松永で清元の浴衣ざらいをしたっけ・・・ヽ(^o^)丿

No title

*まーぶるさん。。
金龍の 裏は遊女の 目抜きなり

・・・と云う川柳を黒門町が「明烏(あけがらす)」のマクラで使ってましたが、江戸時代には隅田川沿いの三ヶ所に、日に三千両の金が落ちました。

朝は日本橋の魚河岸に千両。昼は猿若町の芝居小屋に千両。夜は吉原の遊郭に千両の金が落ちたと云う。

浅草の人力車は、かなり古い時代からの伝統があって、上等の客は吉原大門まで人力で行きました。志ん生のように上野の寄席がはねたあとに、最終の市電に乗って吉原土手を走って行くなんてのは最低の客。しかも五銭しか持ってない(^ω^)

志ん生の「五銭の遊び(白銅の女郎買い)」って演目は、志ん生にしか出来ない情無い廓噺でした(^ω^)

No title

*菖蒲園さん。。
帰りに演芸ホールをちょこっと見たら、遊三が昼席だか夜席のトリでした。半纏を着た爺さんじゃなくて若いやつが呼び込みをやってました(^ω^)

演芸ホールの前の道が六区のメインストリートですね。大衆演劇の木馬館のある奥山通りは、合羽橋から浅草寺本堂へ向かう道ではあるんですが、人通りは少ない。あの商業施設ができた時に六芸神の像は交番裏に移転された筈ですが、この取材の時までぜんぜん気が付きませんでした(^ω^)

No title

*安寿先生。。
そうですね。以前は浅草のどこへ行っても浅草のニオイがしたのですが、今は場所によっては、原宿なのか渋谷なのかと思ってしまいます。浅草はあんな田舎とは違うんですけどね(^ω^)

浅草松屋の屋上って、子供の頃に随分連れていってもらった記憶があります(^∇^)

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