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都会の縁日


 縁日(えんにち)と云うのは何かの縁のある日なんでしょう。でも子供にとって縁日と云ったら、露天商の物売りがある日でした。

お祭りの時には神社の境内に金魚すくいや射的、雑誌の付録売りなどの店が出ました。藪さんが子供の頃の地元の縁日と云うと源覚寺(こんにゃくゑんま)の六の日縁日でした。6日、16日、26日に柳町のえんま通り商店街に露天商の店が出ました。

現代の縁日は60年前の縁日と大して変わっていないとは云え、現代では屋台が主流ですが藪さんが子供の頃には屋台などはなく、地面にゴザを敷いて品物を並べるのが普通でした。ブルーシートはまだ登場していなかった。

もちろん照明は現在のような電球ではなく、カーバイトとかアセチレンガスと云う臭いガスを燃やしてました。1964年の東京オリンピックの頃から露天商への規制が厳しくなり、こんにゃくゑんまの縁日の露天商は徐々に姿を消しました。

それと現代の縁日やお祭りと藪さんが子供の頃とは大いに違う点は、大人が一緒なんです。藪さんが子供の頃は高度経済成長時代で大人は忙しかったから、子供は一人で遊びに行ったんです。大人が付いて行く事なんかなかった。

現代では子供が一人で遊びに行くのは危ないから大人が付いて行くって事になっているようですが、かつてはそうじゃなかった。

子供は危険じゃなかったのか? 危ないと思ったら近所のおじさんやおばさんが叱ってくれたので危険じゃなかったんです。今そんな事をすると、モンスターペアレントから余計な事をするなって云われちゃう。嫌な世の中になりました(^ω^)

 撮影データ・・・平成29(2017)年8月26日(土)お昼 荒川区諏方神社

コメント

No title

こんばんわぁーーーーーーー(★^-^★)
お疲れさまです。( ^^) _U チュウハイドウゾ
所狭しと並んだ屋台の風景が良いですね。
縁日を活気付けるのは屋台であり子供だと思います。
だだをこねるお子ちゃまもいて・・・(*´pq`)クスッ
(・0・*)ホ,(゚0゚*)ホ--ッッ!!!
藪さんがお子様だった頃の露店はゴザだったのですね。
時代の流れと共に露店も変わっていくのでしょうね。

No title

思い出せば、子供の頃にお祭りの縁日に行くときは友達と一緒に行ったものです。親がついて来るなんて事はありませんでしたね。何か生きにくい世になった気がします(^^)

No title

親の目が届かないところだったから縁日って楽しかったんですよね。

カーバイトの臭いが懐かしいですってちょっとクサかったけれど。(^_-)-☆

No title

屋台がご座ですか、見世物小屋がムシロ敷やムシロ掛けは知っていますが・・・屋台じゃなくてゴザ敷は記憶がありません
もっとも金魚すくいや綿菓子売りや水飴売りだけでした
汁粉屋もあったと思います
なんせ栃木の田舎でしたから^^
ナイス

No title

*まーぶるさん。。
過去に何度も言及していますが、ヤクザ組織とはまた別に神農会(しんのうかい)と云う露天商や、歌手の興行などを仕切っている親分さんがいるんです。

山田洋次監督は寅さん映画を48本も作ったのに、何で寅さんがトランク一つで出掛けて行って地方で露天商の商売が出来たのかを残念ながら描いていなかった。寅さんは売人です。神農会の親分さんのところに草鞋を脱いで、販売する品物を回してもらうんです。その売り上げの何割かが寅さんの収入になる。

現在でも浅草寺境内のほおずき市や靖國神社の青空骨董市の出店場所は、神農会が仕切ってるんです(^∇^)

No title

*菖蒲園さん。。
藪さんはお祭りの屋台が好きです。食べ物は衛生的にかなり問題があるんですが、藪さんが子供の頃の駄菓子屋なんかと同じように汚いんですが、あの頃の子供たちは汚いものを食べるのが当たり前だったから、免疫ができてお腹を壊さない(^ω^)

No title

*安寿先生。。
そう云う事ですね。親が一緒じゃ子供は羽目を外せません。縁日って今のコンビニとは違います。十円ヒヨコとか五円のブラジルコーヒーとか、詰め将棋なんて、かなり怪しいものがいっぱいありました(^ω^)

その危うさが子供には楽しかった。五円のブラジルコーヒーは単に麦茶だったんだけれども、そんなインチキは気にしないのが当時の縁日の面白さでした。

No title

*右近さん。。
結構流行っていたのが雑誌の付録売りです。当時の子供用の月刊誌ってたくさんの付録がありました、本誌は百円くらいでしたが、百円は子供には高い。ゴザに並べられて五円で売っていた付録は飛ぶように売れてました。

No title

縁日では指の太さぐらいのガラスの筒に入った真っ赤な寒天ゼリーをよく食べました。
食べると端っこのガラスの破片がカリカリと口に入りました~。ペッツと唾を吐いてあとはそのまま食べてました~。
もちろんいつ作られたのかは不明です。テントの脇の西日に当たっていて薄暖かかったです。
今考えるとゾッとしますが特にお腹をこわしたこともなかったです。
DDTの洗礼を受けた世代は身体だけは丈夫ですよね。

親の目の届かないところでの楽しみでした~。ヽ(^o^)丿

No title

*安寿先生。。
昔の縁日や駄菓子屋では、今なら保健所が許可しないような怪しい食べ物がたくさんありました。

日本は世界一衛生的な国だと思いますが、その反面アレルギー患者が世界一多くて数千万人もいる。水清くして魚住まずの例えもありますが、殺菌し過ぎちゃうと抵抗力がなくなっちゃうんですよね。

善玉菌とか悪玉菌とかって云われてますが、実は何が善で何が悪なのかは厳密には判っていないようです。アレルギー研究の権威の先生は、わざわざサナダ虫を体内で飼育しているようです(^ω^)

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