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寄席発祥の地 下谷神社


 東京の東上野の稲荷町にある下谷神社には、「寄席発祥之地」の碑があります。

その碑は今から20年前の平成10(1998)年に寄席の発祥二百年を記念して設置されました。その謂(いわ)れは、「今戸の狐」と云う演目にも実名で登場する初代 三笑亭可楽が、江戸中期の1798年に、下谷神社の境内で木戸銭を取って寄席興行を行った事によるらしい。

初代 可楽は、初代 圓生の師匠でもあり、江戸落語の最初のプロの噺家だと云われています。それまでの江戸落語と云うのは、お寺のお坊さんがやっていた法話をルーツとしていました。詰らない法話を聞かせても檀家が居眠りをしてしまうので、今の瀬戸内寂聴さんのように面白い話を織り交ぜて法話をやったのです。

もちろん、お坊さんの法話ですからお布施は別にして、無料でした。そのうちに法事で面白い話をしてくれるお坊さんをお座敷に呼んで語ってもらうようになりました。そこから江戸落語の基礎が出来て、可楽と云う名人が木戸銭を取って落語と云う面白いお話をやるようになったのです。

可楽十哲と云う名人級の弟子が生まれ、江戸落語が発展して行くのであった。藪井竹庵作、大ダイジェスト版江戸落語の始まりのお話でした(^∇^)

ちなみに、「寄席発祥之地」の石碑の右横には、いつ設置されたのかは何も書いてないので不明ですが、正岡子規の黒い句碑があって、「寄席はねて上野の鐘の夜長哉」と書いてあります。落語好きだった子規が、同じく落語好きだった俳句の弟子の夏目漱石と一緒に、上野鈴本で三代目 小さんを聴いて外へ出た秋の宵に、上野寛永寺の鐘の音が聞こえたんでしょうなぁ。

明治の終りから大正に掛けての頃の浪漫を感じます。ポエムだなぁ~(^ω^)

 撮影データ=平成30(2018)年5月12日(土)午前十時前 下谷神社

コメント

No title

表通りから鳥居が見えますね。通りがかるとたまに境内に入りますが、本殿の裏から抜けられるようになっていて面白いと感じました。(^^)
ここで寄席が開かれたと思うと感慨深いです。

No title

存在や起源は知ってますが、行ったことないですねえ。落語好きとしては、訪れておくべき聖地でしょうね。いけるかなあ?

No title

(*^o^*)お(*^O^*)は(*^o^*)よ~ッございます。
(・0・*)ホ,(゚0゚*)ホ--ッッ!!!
下谷神社は寄席発祥之地なんですね。
しかも江戸落語の基礎は法話なんですね。
....〆(・ω・。) メモメモ
こじんまりとした境内の舞殿も風情があつて良いですね。
夏の宵に遠くから響く鐘の音。
浪漫ですね~。(*˘︶˘*).。.:*♡
5か所目の産卵床も見つかって良かったですね。
ヽ(〃'▽'〃)ノ☆゜'・:*☆
ご取材お疲れ様でした。

No title

*菖蒲園さん。。
上野駅から浅草方向へ向かうと、右側に下谷神社の赤鳥居が見えますね。舞殿の左横と、本殿の左横に外へ抜ける通路がありますね。以前はそこにアヒルがいたんですが、今年の取材ではいなくなってました。

今から220年前なので、浅草の奥山地区では、頼朝のご幼少の頃の舎利頭や大いたちを見せる見世物小屋はあったでしょうが、寄席と云う形式の小屋はなかったんですよね。

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*キャバンさん。。
Marsさん情報によると、現在でも下谷神社の本殿の右横にある社務所などで、時々落語会をやっているようです。

落語発祥之地の碑はあるものの、現代落語に通じるものは何もないので、無理して下谷神社までお出でになる事はないです。藪さん動画でお楽しみ下さい(^∇^)

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*まーぶるさん。。
ごめんなさい。藪さん的には子規の句は夏の宵のイメージだったのですが、「夜長」を調べたら秋の季語だったので、「秋の宵」に記事を変更しました(^ω^)

昨日は神田祭の取材に行って、神田明神下の裏路地で6ヶ所目の産卵床を発見しました。これからは当分下谷神社のお祭りの記事が続きますが、そのあとに、新しく見付けたツバメの子育て場所の記事を書きますね。

No title

下谷神社の社務所での落語会が、たまに開催されます。座布団引いて70~80人入るくらいのスペースです。
私は、本牧五人会の新春スペシャル公演で行きました。

一方、三笑亭可楽のお墓は浅草の潮江院にあり、毎年四月の第一土曜日だか日曜日だかに「可楽祭」が潮江院で開催されています。
芸協の可楽一門が総出演で、なんと!無料です。

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寄席発祥の地が稲荷町ですか。
上野から地下鉄で行くとそういう駅名がありました。

銭形平次の神田明神下なんて聞くとTVの時代劇なんかを思います。ロマンの世界ですね。有難うございます。

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何かで読んだのですが、「三笑亭可楽」と言う名前の起源は、むかし支那だか印度でオオカミが出るという怖い谷を通るときに「三つ笑って楽しむべし」と言って勇を奮い立たせるという故事に倣ったものだとのことでした。
ホントかなぁ?

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*Marsさん。。
下谷神社のスペースは狭いので、どこで落語会をやるのかと思ってしまいますが、社務所の座敷って結構詰め込めるんですよね。あの狭い白山神社の社務所にも、50人くらいは軽く入ります。それを考えると湯島天神の参集殿とか、こんにゃくゑんまの一朝さんの落語会とか、伝通院の落語会は椅子席でも十分客席を確保できますね。

落語協会の圓朝まつりに対抗した芸術協会の可楽祭は、毎年四月の第一土曜日ですね。藪さんは取材に行こうと思いつつ、どうしても時期的に桜の取材とバッティングしちゃうので、まだ一度も取材に行ってません。

もっとも、八月の圓朝まつりの取材にも行ってませんけどね。どうしてもその時期は一番暑いので、藪さんの体調が悪くなっちゃって、取材に出掛ける気力がなくエアコンを効かせた部屋で寝てます(^ω^)

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*与太郎さん。。
上野駅から歩いても、下谷神社までは十分くらいですよ。稲荷町の長屋に住んでいた正蔵は自費で都電の定期券を買って鈴本へ通っていたそうです。正蔵と同じ長屋に住んでいた留さん文治も同じくです。

九代目の文治は鈴本の出番を早くしてもらって、アメ横の魚の割引に間に合わせてもらったようです。刺身を買って帰った文治は、正蔵の家にあった冷蔵庫に刺身を一時保管させてもらったようです(^ω^)

談志も一時期この界隈の佐竹町に住んでいたようです。

黒門町の文七親分は実在の人物ですが、銭形平次は架空の人物です。でも神田明神の拝殿の右横には銭形平次の碑があります。その辺のところもちゃんと動画取材していますので、十日後くらいあとに出る記事をお楽しみにお待ち下さい(^∇^)

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*けんちゃん。。
可楽名跡に関しては様々な逸話がありますね。

「山椒は小粒でヒリリと辛い」から、三笑亭可楽になったと云う説もあります。

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*盆町子さん。。
東京の開発が進んじゃって表通りはビルが林立しているんですが、一歩裏通りに入ると江戸情緒がまだ残ってますね。

藪さんローカルの小石川も同じで、江戸時代の生活と何ら代わりがない(^ω^)

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> 藪井竹庵さん
ご配慮ありがとうございます。
藪さんの動画をi-Tuneに取り込んでおきます。

No title

寄席発祥の地ですか、良い感じの境内です
お祭りはこれからなんでしょうが、夜が盛り上がるんですね
下谷神社は初めてです

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*キャバンさん。。
ありがとうございます。藪さん動画はいい加減ですので保存するようなものではありません。ユーチューブが潰れない限り、いつでも藪さんが下谷神社を過去に取材した何本もの動画をご覧になれますよ。

これから怒涛の本社神輿の宮出しの記事が続きますのでお楽しみに(^∇^)

今年は本祭りの神幸祭だったようで、猿田彦が神輿を先導してました。でも藪さん何本も動画を撮影して疲れちゃったので、後半はカメラのオンオフが逆になっていて、猿田彦が撮影できてませんでした。動画撮影って失敗の連続です(^ω^)

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*右近さん。。
藪さんの取材する気力が持続するのはせいぜい二時間なので、午前中に取材に入っちゃうと午後の取材は出来ません。この土曜日は晴れていたので、おそらく町内会の午後の神輿渡御は盛り上がったと思います。

藪さんは翌朝日曜日の五時半から本社神輿の宮出しの取材をしました。下谷神社は上野駅から歩いても十分くらいのところにありますので、東京にお出での時には、寄席発祥の地の石碑や子規の句碑をご覧になってみるのもいいかも知れません。

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