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丸山福山町


 もちろん現在では丸山福山町なんて云う町名はなく、東京オリンピック以降は西片になっちゃったのですが、丸山福山町と云うのは樋口一葉が24歳の若さで結核で亡くなった由緒ある場所なんです。

藪さんが書こうと思っている「東京の祭の101の楽しみ方」の根多の一つなんですが、藪さんローカルの祭と云うのは旧町会単位でやっているので、祭の時に昔の町会名がどんどん出てくるのが楽しいんです。

戸崎町と云う地形を表現した地名は白山に変わってしまったし、小石川と云う地名は残ったのですがその表記が礫川ではなくなってしまったし、春日通りの高台まで小石川と云う地名になっちゃってます。

礫川(千川)通りの低地の旧川筋だけが小石川だったはずなのに。

藪さんが小学生の頃にはまだ白山通りは拡幅されてなくて、都電が走ってました。白山上から降りてきた都電の停留所名は、指ヶ谷町、八千代町、柳町、初音町でした。

それらの地名は現在では既になく、白山と小石川と西片に替わりました。でも祭の時には旧町名が復活するのが楽しい(^∇^)

 撮影データ・・・平成30(2018)年9月15日(土)午後五時過ぎ 丸山福山町

コメント

No title

おはようございます。(*^-^*)
(・0・*)ホ,(゚0゚*)ホ--ッッ!!!
映画のロケ地になった坂なんですね。
映画に出てきそうな昭和チックな古い床屋さんと
古い建物が目を惹きました。
ビルばかり並ぶ都心にまだ残ってるんですね♪(゚▽^*)ノ⌒☆

No title

親戚が根津片町に住んでいましたので、時々伺いました。
停留所は「根津宮永町藍染(愛染?)橋」でした。「西片」という地名は、むかしの根津片町と関係あるのでしょうか?「西片」があるのなら「東片」があってもおかしくない。

No title

落語の話の中で、談志家元が、昔の町名を勝手に変えた役人は万死に値すると話してたのが、印象に残ってます。

No title

樋口一葉と言えば、これまた、小満ん師匠の受け売りですが、黒門町!八代目文楽の黒門町の家、今は空き地ですが、
あそこは、元は樋口一葉が住んだ家の一つらしいです。あの空き地、都が買って石碑でも立てろと思います。

No title

町名の変更は恐らく日本全国なのでしょうね。最近の合併で市や町の名も変わってしまいました。
ウチの方もわたしが子供の頃に呼ばれていた町名がすっかり変わってしまいました。全部〇〇丁目という具合です。由緒あった名も役人には関係ないのですね(^^)

No title

*まーぶるさん。。
ここは白山通りの東側の裏通りです。いまだに銭湯があります。ここから東側はすべて本郷台地へ上る坂です。

丸山福山町も藪さんローカルの戸崎町同様に、若い人が少なくお年寄りばっかりなので、あまり祭が盛んではありません。夕方になると、とっとと神酒所を閉めちゃいます。

No title

*けんちゃん。。
片町と云う旧町名は結構あちこちにあります。西片と云う町名は現代でも使われている町名です。現代では地名としては消失していますが祭りの時に登場する根津片町町会は、祭半纏に片町や宮永や藍染が残ってます。

西片があるんだから当然片町ってのがあったんでしょうか、根津片町の西側にあるとは云え、本郷台地を隔ててかなりの距離がありますので、根津片町の西側にある西片町ではないと思います。

No title

*キャバンさん。。
談志は確か戦前の小石川区の白山上で生まれたはずです。現在は白山や千石と云う町名になっちゃってますが、藪さんが子供の頃にはあの地区には十個以上の町名がありました。

談志はその後練馬に家を持ち、現在は練馬の家は談春が管理する落語資料館になっているようです。談志が普段居住していたのは、不忍通りの根津のたい焼きの隣にある八重垣煎餅の上階にあるアパートです。

談志は毎年1月2日に根津神社で初詣をして、参加した弟子や関係者に二万円入りのお年玉袋を渡してました。談志が亡くなったのは、根津裏門坂にある日本医科大学付属病院です。ちなみによく間違えられるのは、新宿にある不祥事があった東京医科大学付属病院です(^ω^)

No title

*Marsさん。。
NHKの日本の話芸を午後にたまたま見たら、小満んさんの「二階ぞめき」でした。

師匠の文楽は、「え~」って云い淀むたびに、師匠の左楽からおはじきをぶつけられたそうですが、小満んさんもちょっと云い淀む癖がありますね。

No title

*菖蒲園さん。。
旧町名を新町名に変更したのは、地元の事をよく知らない郵便配達の便宜を図ったものと思われますが、新町名で云われても、藪さんにはどこの場所なのかが判りません。

旧町名と云うのは単なるエリアコード(地域に付けた番号)ではなくて、地形などを表現した判りやすいものだったんですけどね。

No title

旧町名があってこそ一葉の文学がより深く鑑賞できるのに・・・
郵政省の悪だくみ???
かつて信長の棺を読んだ時も地図を見ながら読みました。めんどくさかったです。
鬼平犯科帳もお江戸の地名が分かって楽しいです。(*^▽^*)

No title

(*ノ・ω・)ノオオオオォォォォ
未だに銭湯も残ってるのですね。ヽ(*゚O゚)ノ スゴイッ!!!

お年寄りは早寝早起きですからね。(*′艸`)
生活のリズムを崩さないようにするのも
健康維持の一つだと思います。o(*⌒―⌒*)oにこっ♪

No title

*安寿先生。。
旧町名がなくなっちゃうと、戦前の文学の地名に関して、いちいち現在のどこどこって云うのも興醒めです。

例の千石三丁目と云う千川通りと不忍通りの交差点は、藪さん的には大塚窪町なんです。旧町名と云うのはちゃんと地形を表現しているので判りやすいんです。それをなくしちゃった現代は、文学が不毛の時代ですね。

No title

*まーぶるさん。。
藪さんローカルにはかつては幾つもの銭湯がありました。でも銭湯を廃業してコインランドリーになっているところもあり、銭湯をビルにしてコインランドリーと両方営業しているところもあります。

内風呂が多くなってしまった現代では銭湯の営業は難しいですね。今の大人料金は450円だったと思いますが、百人来たとしても四万五千円。広い場所と経費を使ってそれじゃ利益が出ませんね(^ω^)

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