FC2ブログ

記事一覧

下町まつりたけなわ


 根津千駄木下町まつりは今年が第20回。それにジョイントした根津商店会まつりは今年が第11回。今年の土日は二日とも天気が良かったので、あの狭い地域に東京ドーム二杯分くらいの十万人が集まったのではなかろうか。

 根津神社がメイン会場です。根津神社は東京の神社の中では、かなり広いスペースがあるとは云え、一時期に入れるのはせいぜい二千人が限度だと思います。それ以上の人間が集まったら、酉の市の鷲神社状態になってしまい、身動きができず、とても楼門前広場でコンサートなんかできません。

 それはさて置き、下町まつりがあるんだから山の手まつりってのもあるのかな? 藪さんは一度も聞いた事がない。

 何故東京に下町と山の手と云う地域区分ができたのかと云うと、地形的なものがあるんだと思います。四百年前に家康が武蔵野台地と江戸湾が接する江戸の寒村に新興都市を作った理由は、関東平野と云う日本一広い平野を持つ地域に・・・こりゃマズい。こんな事を書くと記事が超長くなってしまう(^ω^)

 簡単に云うと、下町ってのは大水で水害の出る地域なので庶民が住み、山の手は高台だから水害がないので武家が住んだ訳です。

 大阪には上町(うえまち)と云う高台の住宅地があるようですが、東京で云う下町(したまち)と云うのは、複雑な意味を持っていて地元民じゃないと判らないと思います。

 下町と云ういい方は、もちろん自虐的な意味があるんですが、山の手に住んでいる地方武士に対する江戸庶民の反発も込められているんです。

 残念ながら近年は、藪さんの故郷を荒らすインベーダーが増えました。下町の人間の心意気ってのは、他の人を押しのけてまで利益を得ようとはしない事なんです。藪さんはいつも事前にベストスポットを探して、動かずにカメラを構えてるんですが、エナカモンがどんどん藪さんのカメラアングルに入ってくる(^ω^)

 撮影データ・・・平成30(2018)年10月21日(日)お昼 藍染町

コメント

No title

こんにちは。(*^-^*)
和太鼓の演奏は心に響きますよね~。ヾ(。╹◡╹。)^♡ノ゙
あやめ会さんのお衣装綺麗ですね~。https://s.yimg.jp/images/socialproducts/blog/img2/emoji/036.png">
日本ならではの色合いや笠が
外人さんにも好まれるのでしょうね。
お囃子の音も高らかに。。。
心まで踊りますね。ヽ(*´∀`*)ノ.+゚~♪.+゚

No title

この動画にはあまり目障りになるようなエナカモンの割り込みは見られなかったようですが、以前のものにはたびたび見受けられましたね。紳士の藪さんはじっと我慢の子でしたが見ているこちらまイライラでした。
昔の江戸仕草の肩を斜めにして人ごみをスイっと抜けていくなんて粋なことはとんと見当たらない今日この頃です。
子供の頃寝坊して親の枕もとを通っただけでも叱られました。
東京大空襲の時屍累々の中をにげました。そんな時ですら死んだ人を飛び越えようとしたときに知らないおじさんが「仏さんの頭を飛び越えるな!」って誰にともなく怒鳴っていました。
壮絶なシーンだからこその記憶です。下町魂ここにありでした。下町を離れてしまっても心意気だけは保っているつもりです。(#^.^#)

No title

個人的にですが東京の下町は北は浅草、東はおまけして本所。西は神田三崎町あたり。南は新橋あたりまでだと思います。後は「在」ですね。郊外です(^^)勿論四谷から西は田舎です。(^^)

No title

下町~江戸っ子というイメージですね。
被写体の邪魔にならないよう撮影するというルールを守る藪さんには、割り込みは本当に害悪でしょうね。

No title

*まーぶるさん。。
根津神社の表鳥居の権現坂の道を、まっつぐ東に来て不忍通りを越えるとこの藍染町の横丁になります。

同じ下町まつりのサブ会場の宮永町とは違って、ここはガードレールのある歩道があるので観客の移動があります。

ふれあい館の地下ホールのイベントは30分ずつの休憩を取ってるので、どうしても素人さんはとろとろとやりがちです。でも横丁のイベントは、それこそケツカッチンで、30分毎に次々に演者が出てきて、交代時間を取ってないんです。

ですから、前の演者がやってる時にスタンバイして、後片付けが終わらないうちに次の演者が始めます。その忙しなさが下町らしくて藪さんは好きなんです。待ち時間無しにどんどん出し物をやってくれますからね(^∇^)

No title

*安寿先生。。
我が意を得たりです(^∇^)

江戸っ子は火事見物をする時でさえ、人を押しのけて前に出て火事を見てはいけない(^ω^)

イベントを見たい気持ちは判りますが、あらかじめカメラを構えてスタンバイしている藪さんの前に割り込んできて、平気でスマホで撮影する人が増えました。

そう云う人たちは、地方からやってきて東京を見物しているだけの厄介者なんです。東京が地元じゃないので恥のかき捨てをやってます。菊坂の盆踊りの取材の時に、暗くて見えないからたまたま藪さんのカメラ前を横切ってしまった女性は、「ご免なさい」と云ってくれました。それが東京人です。

No title

*菖蒲園さん。。
いつごろから「下町」と云う言葉ができたのかは不明ですが、時代劇の八代将軍吉宗の「暴れん坊将軍」を藪さんは午前四時からほとんど毎日再放送を見ているのですが、下町と云う言葉を使ってないんですよね。

18世紀くらいまではまだ江戸の範囲はそんなには広くなかったはずです。江戸城を中心として、その頃は大川と云っていた隅田川までが江戸の範囲だったんでしょうね。

日本橋を起点とした五街道の最初の宿場町の内側までが江戸の範囲だったんだと思います。東海道は品川宿。日光街道は千住宿。中仙道は板橋宿。甲州街道は四谷宿。大山街道は目黒宿の内側までで、それぞれの宿場は既に江戸ではなくて在だったわけで岡場所と云われましたね。

江戸の範囲は江戸時代260年間でどんどんと広がっていったのですが、下町と云う範囲はおそらく明治時代以降に誰かが云うようになったんだと思います(^ω^)

No title

*キャバンさん。。
「江戸っ子」と云う言葉が結構もてはやされてはいるのですが、藪さんから云わせると、江戸っ子と云う言葉は蔑視用語だと思います(^ω^)

仕事がないから仕方なしに新興都市の江戸にやってきた文無しの風来坊。手に職を持ってないから何もできないので、火事で焼けた住宅建設の需要があったので、大工とは名ばかりの力仕事のがさつなとび職が、50万人の江戸庶民のうち九千人もいたと、江戸東京博物館の資料にあります(^ω^)

藪さんが動画撮影しているアングルに他の撮影者が入り込んでも、文句は云いません。ただ考える事は、その写真や動画を有意義に使って欲しいと云う事だけです。藪さんって本当にお釈迦様の再来だな(^∇^)

No title

(*´▽`)ノ ・゜:*:゜★こんばんわ~☆・゜:*:゜
前の演者さんの後片付けが終わらないうちに
次の演者が始めるのですね~。

ヨっ。江戸っ子。ヽ(´∀`)ノ .:。+゜。

No title

*まーぶるさん。。
下町の人間と云うのはとにかくせっかちで、待たされるのが嫌いなんです(^ω^)

横丁のイベントは、ふれあい館と違って演者が交代する休憩時間を取ってないので、30分の持ち時間で四つのグループが次々に演技をすると、その交代状況を見ているだけで面白い(^∇^)

藪さんが撮影している場所は、本番のステージではなくて、云わば楽屋です。次の演者の準備状況が判るので、この場所が一番面白いんです。

このあやめ連さんのあとに、鶯色の半纏を着た壱岐坂太鼓連がスタンバイしてるんですが、あやめ連さんが最後に飛び入りして踊ってくださいと云ったら、次の演者の壱岐坂太鼓連の方が踊っちゃうってのが下町のざっくばらんなお祭の楽しさです(^∇^)

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

藪さん

Author:藪さん

月別アーカイブ