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ミルキーウェイ


 ミルキーウェイ(Milky Way)ってのは、不二家ミルキーキャラメルがたくさん落ちている道・・・って藪さんは子供の頃思いましたが、七夕の時の天の川を意味する英語なんですね。

 「♪ミルキーはママの味」と云うCMフレーズがありますが、その本当の意味は「お母ちゃんのおっぱいの味」なんですよね(^ω^)

 戦後日本の貧しい頃に子供時代を過ごした藪さんです。昭和30年頃の日本て本当に貧しくて、今の北朝鮮よりも貧しかったんじゃないかと思います。子供の服なんかボロボロで、みんなつぎが当たってました。

 落語では東海道と云うくすぐりがよく使われます。つまり、東海道五十三次(^ω^)

 昭和33年12月には、333メートルの高さの東京タワーが開業し、藪さんは二時間も並んで階段で第一展望台に登りましたよ。同年にアジアスポーツ大会が開催され、もはや戦後ではないのスローガンの下に、昭和39年10月の第18回東京オリンピックへ向けて、日本は高度経済成長の時代へ突進しました。

 当時の子供のお菓子は駄菓子屋で売ってましたが、今のキャラメルとは違って硬くてパサパサであんまり甘くなかった。そんな中で、不二家のペコちゃんのイラストが書かれた赤い箱に入ったミルキーは、やわらかくて甘かった。

 藪さんのような団塊の世代の人は、ミルキーに対してみんなそのような思い入れがあると思います。今の豊かになってしまった日本の若い人には、一粒のミルキーのありがたさなんて判らないだろうなぁ(^ω^)

 撮影データ・・・平成30(2018)年11月22日(木)午後十時半過ぎ 東京ドームシティ ラクーアゾーン

コメント

No title

ミルキーを食べたいと思っちゃいました。
キャラメルが、柔らかにも作れるんだとびっくりした記憶があります。

No title

「ミルキー」と聞いただけで脳内で「ミルキーはママの味」というフレーズが音楽付きで再生される年代です(^^)
あの頃ミルキーやパラソルチョコをよく食べていました。

No title

*キャバンさん。。
今の七五三の千歳飴はどう云う味なのか知りませんが、藪さんが子供の頃の千歳飴は、さらし粉と云う粉で作っていて、あんまり甘くなくて美味しくありませんでした。その後、ミルキーで作った千歳飴が出てきて、その甘くて美味しいのに驚きました。

No title

*菖蒲園さん。。
傘の形をしたパラソルチョコレートってのもありましたね。チューブに入ったチョコレートもありました。

大きなキャラメルが二つ入った赤と白のさいころキャラメルってのもありました。最近テレビで見ましたが、さいころキャラメルは今でも作っているようです。

さっきたまたまテレビのチャンネルを廻していたら、NHKで1981年の談志が解説した志ん生一代記みたいな一時間番組をやっていたので、巣鴨の大鳥神社の三の酉の取材をカットして見ちゃいました。まあ知っている事ではあるんですが、改めて志ん生と文楽の「鰻の幇間」の違いが面白い(^∇^)

No title

あの「お母ちゃんのおっぱいの味」っていうのは男の人が考えたんでしょうね。
だってママのおっぱいはそんなに甘くないもの。

欲張りはサイコロキャラメルの大きいのが好きでした~。!(^^)!

No title

こんにちは。(*^-^*)
うわぁ~。ミルキーウェイが綺麗ですね。
ヽ(´∀`)ノ .:。+゜。
静止画より動画の方が発色も良くて綺麗なのは・・・
謎ですがズームアップしたアングルがとても素敵です。
ヽ(〃'▽'〃)ノ☆゜'・:*☆
七五三の千歳あめに長~いミルキーが入ってて
大好きな味でした。o(*⌒―⌒*)oにこっ♪
パラソルチョコレート懐かしいですね。
サイコロキャラメルは小学校のマラソン大会の後、
毎年配られてました。(*′艸`)

No title

不二家のペコちゃんや森永のビスケットはうまかった
子供のころはこのビスケットが@10円でした
1円で風船が5個から10個買えた時です
あの味は今でも忘れないですね

No title

*安寿先生。。
藪さんが子供の頃に駄菓子屋で売っていたお菓子はほとんどノーブランド品ですが、かばやとか、紅梅キャラメルはメーカー品でした。

戦前に浅草の吉本興業の花月劇場などで活躍したのが、川田義男(戦後に晴久に改名)とあきれたぼういずなんですが、なんと彼はウチのおばあちゃんが持っていた墨田区本所の家作に下宿していたんです。

藪さんが中学生になってギターを弾き始めると、「川田みたい」っていつも云われました。坊屋三郎や益田喜頓とのあきれたぼういずを解散したあとは、川田はミルクブラザースと云う東京のボーイズ物の元祖を作りました。

「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう」と云う有名なフレーズを作りました。その歌詞の中で川田はミルクブラザースを「乳兄弟」と歌ってました。

藪さんは当初はフォークソングをやってたんですが、人の真似をするのが嫌いなので、川田バリのコミックバンドを目指しました(^∇^) チャップリンも晩年のバスター・キートンと一緒に、コミックバンド的な事をやりました。

No title

*まーぶるさん。。
藪さんがいつも使っているSONYの軽いムービーカメラは、ズームするとオートフォーカスなんですが、周囲の明るさによってピントが合うまでに若干時間が掛かります。

一キロの重さがある高級カメラも持ってるんですが、ブログに使う動画程度なら安いカメラの方が使いやすいです。

ミルキーの千歳飴を舐めさせてもらった時には、藪さんは子供ながらはじめて、貧乏人と金持ちの違いを感じました(^ω^)

その後、チェルシーのような超美味いキャラメルにはまりました。黄色い箱の森永ミルクキャラメルも素晴らしかった。大きい箱と小さい箱があって、遠足の時に教室へ帰ると、小さいミルクキャラメルの箱を貰って解散でした(^∇^)

No title

*右近さん。。
今でもビスコと云う子供用のビスケットが売られてますね。

藪さんが子供の頃には英字ビスケットと云うのがあって、アルファベット形のビスケットを牛乳に浮かべて、ふやかして食べるのが定番でした(^∇^)

藪さんは名刺サイズの一円札と云うのを駄菓子屋で使った記憶があります。昭和20年代末だったと思います。一円札で甘酸っぱい酢昆布が二枚買えました(^ω^)

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