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偶成

 藪さんは、親の金で私立大学まで出してもらいながら、まともに勉強なんかしてきませんでした。その意味では親に対して申し訳ないと思っています。

 私立大学の付属高校ってのは物凄く自由な雰囲気でした。真面目に勉強なんかやってるやつはごく一部しかいなくて、中小企業の小せがれが多かったからか、みんな趣味の世界に生きていました。

 掃除用具入れにギターを入れておいて、休み時間のたんびにバケツをドラムにしてベンチャーズやビートルズをやってました(^ω^)

 そんな中で藪さんが面白いと思ったのは漢文の授業でした。五言絶句や七言律詩です。

 漢文と云うのは坂本龍馬の手紙を見ても、幕末には普通に書いていた日本語です。「少年易老学難成」をなんで「しょうねんえきろうがくなんせい」と読まずに「少年老い易く学なり難し」と訓読みにしたんでしょうか?

 日本人は教育が高いと云いながら、世界一英語ができない民族です。その理由は、漢文同様に英語を訓読みにしたからだと思います。

 日本語と外国語では語順が違うんです。アイハバペンをなんで「我持つ筆」と語順通りに理解せずに、「私はペンを持っている」なんて日本語の語順に直して理解させようとするのか? そんな事をするから外国語が理解できなくなるのです。

 偶成(ぐうせい=偶然に作った詩)ってのが藪さんは好きです。
少年易老學難成
一寸光陰不可輕
未覺池塘春草夢
階前梧葉已秋聲

 この詩って面白いよね。最後の一節なんて坪内逍遥の戯曲の「桐一葉落ちてこの世の秋を知る」に似ているよね(^∇^)

コメント

No title

漢文も英語も、私は苦手でしたね。授業の中身は、およそ実生活に使用不能なものでした。高校時代は、日本には外国語に当たる「言葉」に嫌悪感を持っていました。
日常的に使えるように実践的な教育が必要でしょうね。
高校でできなかったことを大学で取り戻し切れませんでした。
生涯、英語や漢文に悩みながら暮らすことになりそうです。

No title

こんには〜私も大学を出ましたが、土木工学でしたので役所の土木課の吏員になり60で退職し今73で現在に至っております、文系のことはちょいとわかりませんね〜^^

No title

私は高校生時代から漢文が大好きでした。
八科目で東大を受けたのですが二科目の国語は国語と漢文で受けましたが、見事二次試験で落っこちてしまい、私立に通いました。
この詩が朱熹の作と言われているのはどうやら日本だけらしいですね。
香港の同僚に、毛沢東の通訳をしていたという朱〇礼(真ん中の字は忘れた)という男がいました。
彼が会議を評して「文化大革命の会議よりレヴェルが低い」と言ったので、私は紙に「朱非礼」と書いてやったら本人を含めてみんな大笑いでした。
その時漢文で(発音はできないが)この偶成の詩をすらすらと書いてやったらどよめきました。
だが後年これと朱熹の関係に疑問が投じられているというのは驚きです。

No title

こんにちは。(*^-^*)
漢文も英語も苦手なおバカなま~ぶるでございます。
( ̄◇ ̄;)エッ
幕末は漢文を使ってたのですね。
....〆(・ω・。) メモメモ

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それから日本書紀も漢文で書かれています。昔の人たちの教養だったのですね。

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*キャバンさん。。
外国語なんかできなくたってキャバンさんは司法試験に合格して弁護士になったんですから立派ですよ。

藪さんは庭園管理士の試験には合格しましたが、宅建の試験はろくに勉強しなかったので、四択の問題の意味がちんぷんかんぷんでした。数字を出されると常識では判断できません(^ω^)

番茶をサベージチーと訳した夏目漱石だって、英語なんかまったくできないのにロンドン留学してノイローゼになっちゃいました。それでも一高で英語の講師をやったんだから、語学なんざいい加減なもんです。

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*さくらさん。。
理工系はノーベル賞を取れる可能性が高い(^∇^)

藪さんは政治経済学部なので、政治経済に関してはどんな問題にでも自分の意見を持ってます。藪さんは文系ではなくて、半世紀以上趣味にしている落語系であり、一番得意なのは日本語です(^∇^)

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*けんちゃん。。
皇紀700年頃は、大陸では三国志の戦国時代でした。数百年にわたる長期戦に勝利したのが漢字を発明して知識を共有する事ができた漢民族です。

33代の推古天皇の時代に聖徳太子と云う政治家が登場して、遣隋使と云う留学生を隋王朝に派遣して、大陸の文化を持ち帰りました。

この詩を作った朱熹は、のちに朱子学を確立した、儒教を確立した孔子と並ぶ偉人ですね。

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*まーぶるさん。。
日本は基本的に単一民族なので、必要がないならば外国語なんて習得する必要はありません。外国語は学問ではなくて、外国の知識を吸収したり、外国人と商売するための単なるツールです。

江戸時代に蘭学と云う西洋医学を学ぶためには、鎖国時に外国と交易していた長崎へ行って、オランダ語を勉強する必要がありました。

藪さんは英語の勉強なんかした事はありません。プレスリーの500曲の歌詞を好きで暗記しただけです。それでも大学一年の英語の成績は優でした。日本人の英語教師の授業なんてバカバカしくて聞く気になりません。

私立の男子高校では、生徒の受け狙いで英語教師が美人の外国人女性を連れてきたりします。彼女とまともに会話ができたのは藪さんだけでした。学校で教えている英語は生きた英語じゃないので、外国人には通じません。藪さんのプレスリー仕込の南部訛りの英語ならかろうじて通じます(^∇^)

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*けんちゃん2。。
平安時代に漢字の部首を崩して平仮名を作るまでは、漢民族が作った漢字しかなかったんですよね。

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大学
入学金は、親に出してもらいましたが、家から通える大学じゃない学校を勝手に受けて合格したから、授業料と下宿代と生活費はアルバイトでした。1980年前後には珍しい苦学生でした。
勉強は、いやでもさせられて、研究室に配属されると、英語の論文を与えられて、レビュー会で発表させられました。
3回生の後期から、勉強漬けにさせられたから、ちゃんと微分法や、微分方程式、確率論は、身につきました。特に、熱力学は楽しい学問で、波動方程式を解くのは、今でも得意です。

No title

大学の付属の私立高校が自由な雰囲気がある事は身を持って知っています(^^)
でも私は大学は行けませんでした。入る時は「全員大学に進学出来ます」という触れ込みでしたが途中で環境が変わってしまい半分ほどしか上の大学には進学出来ませんでした。その他の者は他の大学に進学したり、私のように専門学校に進学しました。高校の三年間まともに勉強しませんでした(^^)
映画ばかし見ていました(寄席や名画座めぐりですね)

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*Marsさん。。
入学金は結構まとまった金が必要ですから、親に出してもらうとして、それ以外の資金をバイトで稼ぎ出したMarsさんは立派です。

藪さんも水道橋のそばにあった日通で、企業の引越しのバイトをやりました。市ヶ谷の自衛隊駐屯地の内部の引越しもやりました。三島さんの例の事件のちょっと前でした。

当時のバイトは、一日二千円程度でしたが、社会の事がいろいろ学べて、お金をもらうのが申し訳ないほど無駄ではありませんでした。学校の授業よりも、バイトでいろんな社会の仕組みを学びました。

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*菖蒲園さん。。
あのN大学は、一般の人には付属高校が幾つあるのか判らないくらい多過ぎるんですよ。藪さんのM大学は、現在は知りませんが当時は、猿楽町校舎の一学年250人と、芸能人がよく通っている中野校の一学年千人の二校だけでした。

中野校の推薦枠は百人程度だったらしいのですが、神田校は250人中150人くらいは推薦入学できました。藪さんは入学時の最初のテストでは7番だったのですが、まったく勉強しなかったので三年の頃には、130番くらいに落ちてました。でも楽々と政治経済学部に推薦入学できました(^ω^)

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