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落語とは?


 残念ながら近年では本物の噺家がいなくなっちゃったので、落語ではないものを落語と云っているようです。

 藪さんをはじめとしてご通家がそれに対して冗談じゃねぇやって云わなかったら、今の若い人に本物の落語が理解されずに、笑点の大喜利と云う余興が落語だと思ってしまってます。

 しかし本物の落語がどう云うものなのかを理解してもらうためにはその音源を聞かせたり、動画を見せなくてはなりません。しかし残念ながらそれをやろうとすると、著作隣接権を持っていると称するインチキな業者から、著作権法違反だとしてクレームが入ってしまう。隣接権だなんてインチキな権利を主張しているテメェらの方が、本当の著作者の権利を侵害していると思うのだが。

 まあそれはさて置き、文楽を出したら志ん生を出さないとバランスが取れません。しかし志ん生にこんな落語をやられたら、弟子はみんな萎縮しちゃうよなぁ。志ん生を超えるなんて無理です(^ω^) 

【風呂敷】(ふるしき)
 
【登場人物】
女房
新吉(しんきち=町内の若い衆)
女房の酒飲みの亭主
兄さん(あにさん=女房の兄?)
 
【概要】
 亭主の留守に上がり込んだ新吉。女房が新吉と話をしていると、今夜は帰らないと云っていた亭主が泥酔して帰宅する。女房は咄嗟に新吉を押入れに隠す。亭主は、押入れの前にドッカと座り、寝ろと云っても寝ないでクダを巻き続ける。困った女房は、兄さんのところへ相談に行く。
 
 兄さんは、どう云う訳か風呂敷を持って困っている女房の家へ。兄さんは、亭主といろいろ話すうち、自分が、どうして出かけていたのかの話をする。
 
 知り合いの女房が若い男を家に上げている時に亭主が帰って来た。女房は若い男を押入れに隠したが、亭主は押入れの前に座って動かない。何とかしてくれと頼まれたので、俺は、こう云う風にして・・・と、持って来た風呂敷を亭主に被せて、押入れに隠れている男を逃がした。その帰りにおまえのところに寄ったんだよ。と云って、新吉を逃がしてしまう。
 
 女房の亭主は、『そうか、うまく逃がしやがったなぁ・・・』
 
【雑感】
 昔は、『風呂敷の間男』と云う演題の艶笑噺。志ん生は、艶笑噺をそのままやるのを好まないので、滑稽噺にしています。志ん生は、『こんな難しい噺はない』と云っていたそうです。『うまく逃がしやがったなぁ』の後に、『その野郎の面が見てえや』と、もう一押しするサゲもあったそうです。
 
 若い頃は、名人と云われた四代目 橘家圓喬に心酔し、本格落語を目指した志ん生でしたが・・・受けない。昔は、今とは違って下手な噺家は寄席に出してもらえなかったので、赤貧洗うが如くの生活を余儀なくされました。大正末から昭和初期に掛けての不況の時代には多くの噺家が廃業したり転業したりしましたが、志ん生も噺家じゃ食えないので、34歳の時に一年間、講談に転向したりもしました。
 
 志ん生に転機が訪れるのは、36歳の時です。三代目 柳家小さん一門から飛び出して三語楼協会を旗揚げした、初代 柳家三語楼一門に加わって、柳家東三楼・ぎん馬、更には、甚語楼と改名するうちに、三語楼一門の爆笑スタイルを身に付け、本格落語の中にクスグリをふんだんに散りばめると云う、誰にも追随を許さない志ん生スタイルを作り上げて行く訳です。
 
 「直に冠を被らず」や「おでんに靴を履かず」なんて云うクスグリは、死に物狂いで考えなければ出て来ませんよ。ちなみにコレの出典は・・・「瓜田(かでん)に履(くつ)を納(い)れず、李下に冠を正さず」で、「文選・古楽府・君子行」にあります。「お願いも手水鉢も・・・」ってのは、メロディが「かんかんのう」にも転用された「梅が枝の手水鉢」と云う俗曲の洒落ですね。

 映像データ・・・昭和30(1955)年5月4日 NHKテレビ放送演芸会生放送 志ん生65歳時の絶頂期の高座
 
 データ・・・五代目 古今亭志ん生 明治23(1890)年6月28日~昭和48(1973)年9月21日 享年83 前名=七代目 金原亭馬生 出囃子=一丁入り 本名=美濃部孝蔵 紫綬褒章 勳四等瑞宝章
 
 例によってNHKと云う民間放送局は、放送文化に貢献する目的で国民の血税から毎年NHK予算を貰っておきながら、落語文化に関しては予算を貰っていないTBSよりも貢献していません。と云うか、落語とは何かを理解していません。NHK音源のほとんどは、出囃子がまったく入っていないか、ほんの付け足し程度しか付いていません。遠足は家に帰るまでが遠足のように、落語と云うものは、出囃子が鳴り出す前のざわめきから既に始まっているんですよ。と云う事で、出囃子を藪が追加しておきました(^ω^)

コメント

No title

志ん生師匠の動画を広く知らしめている方と、接触があることは光栄です。
この作品と、後は一部しか残ってないですね。
「落語とは」という題名で、志ん生師匠を取れ上げられたら、ごもっとも・・としかいえないですね。
志ん生師匠に出遭わなければ、多分、落語の楽しさの半分も分かっていなかったでしょう。

No title

調べて7みたら、志ん生師の落語の動画は4つあるそうですね。「風呂敷」「岸柳島」「おかめ団子」「鰍沢」だそうです。(NHK)
「鰍沢」は短く編集されているそうです。これに関しては個人的には見ていません。一度見てみたいですね(^^)

No title

志ん生の高座を10年以上見続けることができたのは人生の宝物です。
カミサンに言わせると「志ん生ってかわいい」。20代での感想です。「替り目」をなども見ていますから。

No title

こんにちは。(*^-^*)
久しぶりに拝聴しました。 !(●⌒ー⌒●)!
面白いですね~。(*′艸`)
絶頂期のお師匠の声にも張りがあり、
イキイキしてますね。ヽ(〃'▽'〃)ノ☆゜'・:*☆
今回気付いたのですが、観客の皆さんがスーツに和装ですね。
お洒落して見に行ってたのですね。〃⌒ー⌒〃

No title

*キャバンさん。。
はは^^

戦後昭和の大師匠たちって、今の噺家と称する自分の職業にハングリーでないデモシカ共がやっている落語と称するインチキな漫談とはまったく違う落語をやってました。

残念ながら藪さんは遅れてきた少年で、法師さんとは違って志ん生の高座を生で見る事ができませんでした。志ん生の最後の高座は、78歳の時の1968年の、矢野誠一さんがプロデュースしていた虎ノ門のイイノホールの精選落語会でした。既にかなりボケてしまっていて、話があちこちに飛んでしまいまともに一席ができない状態でした。

当時、志ん生と馬生と志ん朝のマネージャーをやっていた長女の美津子さんは、志ん生の名誉のためにそれ以上ひどい落語をやらせたくなくて「お父ちゃん。もうやめよう」と引導を渡しました。

夏目漱石が三四郎の中で書いていますが、小さん(三代目)と同時代人である私は幸せである。後でも先でも小さんの落語を聴く事ができない。

No title

*続き。。
確かに漱石の時代の百年以上前には、落語の音源や映像を保存する事なんてできませんでした。だから同じ時代に生きていないと名人の落語を聴く事ができなかったんです。

でも今は違いますよね。1903年以降のSP録音時代の短い音源とは違って、昭和20年代末には長いLP録音ができるようになりました。残念ながらまだビデオの時代には15年ほど早かったので、志ん生や金馬や可楽の映像は、NHKのフィルム映像でしか残っていないんです。

藪さんは15年以上前に落語音源をネットに上げてライブラリを作ろうとしました。その後、ユーチューブと云う動画サーバが米国にできて、一本十分以下の動画を上げられるようになりました。十年以上前には志ん朝の文七元結を八分割して上げると云う面倒臭い事もしました(^ω^)

今は自由に落語映像を残せるのに、残したい映像がない(^ω^)

文楽や圓生や金馬や可楽など素晴らしい戦後昭和の大師匠の音源が残っているのですが、やっぱり志ん生なんですよね。子供の頃のラジオ放送で金馬や柳橋の落語を知りました。その後に志ん生を聞いて落語に目覚めました(^∇^)

No title

*菖蒲園さん。。
はは^^藪さんを誰だと思ってるんですかぁ? そんな動画はすべて藪さんがチューブに上げてます(^∇^)

志ん生の鰍沢の映像は病後で体調が良かった時の、客無しのスタジオ録画です。今でも削除されずにチューブにあるはずですから検索してみてください。当然ながらその動画のリンクには、藪さんの解説記事があります(^∇^)

No title

*けんちゃん。。
そうなんですよ。噺家って本物の噺家は歳を取るごとにどんどんチャーミングになって行くんです。志ん生の替り目なんて究極の爺さんのチャーミングな語りだと思います。

藪さんが今の落語界に苦言を呈するのは、チャーミングな語りをする噺家がいなくなったって事なんです。

No title

*まーぶるさん。。
今の落語と60年以上前の落語はまったく違うと思います。

落語なんて半端芸であって芸術じゃないんです。江戸東京博物館が文化人として認定している噺家は、三遊亭圓朝ただ一人です(^∇^)

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