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馬の尻尾


 数多くある三遊亭圓朝作の三題噺の一つで、「大仏餅」「袴着の祝」「新米の盲目乞食」を織り込んで即興で作った噺と云われています。

 「大仏餅」は、第五次落語研究会(1968/3/14~)の高座だけでも三回演じている、桂文楽の十八番とも云える演目です。訳の判らない客にお座敷に呼ばれた時とか、子供が騒ぎ回ってイライラする大阪の寄席でも、大仏餅一本で押し通してしまうほどの文楽の自信作です。

 しかしながら、昭和46(1971)年8月31日、国立劇場小劇場での第五次落語研究会の第42回公演で、「神谷幸右衛門(かみやこうえもん)」の名前が出て来ずに絶句し・・・
 「勉強をし直して参ります」・・・の伝説的な言葉を残し、高座を降りてしまい楽屋へ入るなり・・・「僕は三代目になっちゃったよ」と云いました。研究者は、その場にいたような事を書く・・・(^ω^) 

 この三代目と云うのは、志ん生とか金馬の世代で通用する略称で、三代目 柳家小さん(1857~1930)の事を云います。晩年、脳軟化症になり、噺が堂々巡りするようになってしまったので、存命中に、小さん名跡の四代目を、弟子の四代目 蝶花楼馬楽に譲りました。

 「大仏餅」は、十分ちょっとの短い演目なので普通は、やはり短い演目の「馬のす」の後にくっ付けます。人形町末廣の席亭が、文楽がトリの時に「馬のす」で軽く跳ねるのを嫌ったために、「大仏餅」や「やかん泥」の前に「馬のす」を付けるようになったとも云われています。

 大仏餅の由来
 大仏ってんだから、鎌倉か奈良が有名です。この噺の舞台は江戸です。まさか、江戸時代にわざわざ地方から取り寄せる訳は無いので・・・当初、奈良の大仏の脇で売られたので「大仏餅」。それが江戸に出てきて、浅草の観音様に店を出した。その大仏餅って事ですね。

 データ・・・八代目 桂文楽 明治25(1892)年11月3日~昭和46(1971)年12月12日 享年79 前名=翁家馬之助 本名=並河益義 出囃子=野崎 通称=黒門町
 
 黒門町が高座を降りた時のカラー映像はTBSが撮影している筈ですが、噺を途中で止めちゃってるので製品としては出回りませんね。この映像は、高座を降りた時の16ヶ月前の77歳の時に同じ演目をやった時のものです。
 
 当時の落語研究会は白黒映像であり、出囃子も使わなかったのですが、藪さんがちょっといたずら加工をして出囃子を入れてみました。この高座の数ヶ月(数回)後に、カラー映像になり出囃子を入れるようになりました。第五次落語研究会の高座で出囃子を入れるようになるのは、昭和45(1970)年7月23日の第29回公演からのようです。
 
 映像が若干、音から遅れてくるのは、MS社のムービーメーカーと云うソフトの保存時の不具合ですので、どうしようもありません。時間があれば細かい修正も可能なのですが、もはや何事も面倒臭くなってしまった藪さんには、それをやる気力がありません。若い人にお任せします。

 ちなみにFC2ブログに「神谷幸右衛門」と云うタイトルでブログを立ち上げておきました(^∇^)https://jbmbkyo.blog.fc2.com/

 FC2ブログには、ヤフーブログなどの他社ブログからデータを引っ張るツールがあるので、それを試しているのですが、ヤフーブログは一般的な他社ブログとは違って、データシステムが違うので現段階ではヤフーブログからFC2ブログへのデータ移行は出来てません。

 ヤフーブログは五月に他社ブログへの移行プログラムをリリースするとアナウンスしているのですが、ヤフーブログは他社ブログとは違って異質なので、そのプログラムはリリースされずに終了すると藪さんは考えています。

コメント

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「馬の巣」かと思いましたが、「大仏餅」でしたね。黒門町の最後の高座については、色んな方が論じてますが、TBSは、黒門町の無念さを忖度して公にしないとされてますね。私は怖いもの見たさという興味もありますが、やはり、観ない方が良いと思っています。
ブログの移転ができないとの観測にはびっくりしてます。

No title

不思議と黒門町の大仏餅は高座で接した記憶がありません。トリ以外の時は、定席ではほとんど馬の巣でした。

No title

文楽師の「大仏餅」に関してはやはり最後の講座は公開しないほうが良いと思います。
陽気な高座の文楽師には似つかないと思うからです。(^^)

No title

(*^o^*)お(*^O^*)は(*^o^*)よ~ッございます。
美味しそうにお酒を呑んだり、
枝豆を食べたり・・・
お酒を飲みたくなりました。(*′艸`)
人情が溢れて良いお噺ですね~。〃⌒ー⌒〃
落語素人の私にとって
心地良さを感じるお噺でした。o(*^▽^*)o~♪

No title

五代目の目白の小さん師匠も、寄席のトリで、晩年よく掛けていた十八番『竹の水仙』で、どうどう巡りになり、
40分を過ぎたのに、越中守の側用人・大槻刑部が出て来ない!!どうするか?と、思ったら、「竹の水仙、だいたい、こんな感じの噺で御座います。」と、言って終わりにしました。

師匠の黒門町とは、違いました。辞めたりしなかったし。

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黒門町といえば「うさぎや」しか思いつきません。(^_-)-☆

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> 安寿さん
横レス失礼します。
最近は「うさぎや」(上野)の小豆ソフトクリームにハマってます!
寒い冬でも前を通るとつい買ってしまいます。(^^) 失礼しました!

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*キャバンさん。。
もちろん大仏餅なんですが、今はなき人形町末廣の席亭ってのは口うるさいばあさんでしたから、黒門町がトリの時に十分程度の馬の巣だけで高座を降りるのを許さなかった落語のご通家なんです(^∇^)

その裏事情としては、寄席の割り(日当)なんかたいした事がないので、その十倍以上のご祝儀がもらえるお座敷を当時の黒門町はメインにしていたんです。

黒門町の当時の月収は百万円以上あったとされていて、現在の物価水準からすると月収一千万円を超える唯一の噺家で、その収入があったからこそ文楽は小さんになる前の小三治の襲名興行をする事が出来、貧乏だった志ん生の生活を支える事が出来たんです(^∇^)

ヤフーブログは確実に今年中に終わります。ヤブーブログのデータは異質なので他社ブログへの自動移転は出来ません。それだけは事実なので早急に他社ブログへ手動で移転しましょう。

現在の藪さんは、皆さんが使いやすいブログを検証中です。今月末までには藪さんは、今までいろんなブログタイトルを使っている各社ブログのハンドルネームを藪井竹庵に変更してそこをメインにするつもりです。

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*けんちゃん。。
黒門町が国立小劇場で神谷幸右衛門を失念して高座を降りた前日に、渋谷の東横劇場でやった圓朝祭りでも大仏餅をやったのですが、その時には問題なく神谷幸右衛門は出てきました。

黒門町の最後の映像は、一ヶ月前に同じ国立でやった落語研究会の鰻の幇間なんですが、その時に既にいろんな言葉が出てこなくなってました。
https://blogs.yahoo.co.jp/yacup/60120637.html

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*菖蒲園さん。。
黒門町は一ヶ月前の落語研究会の鰻の幇間で既におかしかったんです。あんなにいろんな部分で云い淀んじゃう黒門町は珍しいです。

もし自分の弟子たちがそんな高座をやったら叱り付けているはずです。

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*まーぶるさん。。
落語と云うのは手拭いと扇子しか道具を使わない一人芝居ですから、様々な動作を習得する必要がありますね。

その中でも黒門町の豆の食べ分けは天下一品だったと云われています。枝豆と甘納豆と味噌豆は食べ方が違うんです(^ω^)

噺家で一番最初に人間国宝になった小さんは、ヌードルの食べ分けが上手かった。動作を見ているだけで、うどんなのか蕎麦なのかの違いが判りました。

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*Marsさん。。
小さんは確か、87歳まで存命だった正蔵の上を行く、88歳まで存命だったはずです。

今年の12月に79歳になる小三治はだんだん切れ味がなくなってきてますが、小さんも80歳を超えた晩年はかなりおかしくなってきたようです。

志ん生と文楽と圓生を戦国武将に例えてみると面白い。と云っても藪さんはNHKの大河ドラマを見ていないので、各戦国武将の細かいプロファイリングは出来ません(^ω^)

文楽は真面目で直情型の信長だったのでしょう。だから高座を降りちゃったんだけれども、志ん生ならそんな事まったく気にしない(^ω^)

圓生はどうやるかと云うを、一先ず話を進めて思い出した時に、そこで名前を出すアレンジをしますね(^∇^)

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*安寿先生。。
えっ? 「うさぎや」じゃなくて「素人鰻」じゃないのとリコメしようとしたら、菖蒲園さんの横レスがあって助かった。そっちの意味なのね(^ω^)

ウチの法事の時にも、「兎饅頭(とまんじゅう)」を引き出物にしてました(^ω^)

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*菖蒲園さん。。
横レスありがとうございます。

藪さんは甘味の事だとは気が付かずに、「うさぎや」は「うなぎや」の間違いだと思ってました(^ω^)

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> 藪井竹庵さん
検証結果のご報告をお待ちしております。

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> 藪井竹庵さん
小三治師匠も、近年固有名詞が出ず、客席から助け船出ます。マクラならいいが、本編も。
『錦の袈裟』で、隣町の連中が踊った、「緋縮緬の長襦袢」が出なくて、最初は誤魔化したんですが、直ぐに思い出して、事無きを得ました。
また、これは聞いた話ですが、『野ざらし』で、手向の句が出なくて、結局、諦めて進めたが、サイサイ節も調子が出ず、ボロボロだった事もあるみたいです。
まぁ、それも含めて相田みつをのように、人間だものと、思うようにしています。

ただ、五代目三遊亭圓楽一門会の皆さんからは、六代目圓生は、移動のタクシーや特急・新幹線でも、ブツブツ常に死ぬまで攫っていたそうです。
同じ噺は、地方の客前でもやらない、プライドみたいなもんがあったと言いますし、年に2つ3つだけど、75を過ぎて蔵出し・ネタ卸しも有ったとか。
やっぱり、売れるのが遅い人は、貪欲です。これは、白鳥師匠とか見ていると分かります。

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*キャバンさん。。
検証と申しましても、ブログと云うスタイルですから、どこの会社もやり方に大差ありません。

ご自分が投稿する記事のスタイルだったらどこがいいかを選択する事です。藪さんブログは基本的に動画ブログですから、動画を貼りやすいブログを選択します。

キャバンさんのスタイルだったら、ウチのご常連で人気ブロガーの右近さんが選択するブログが合っていると思います。右近さんは既に他社ブログを始めていて、そちらのブログに幾つものコメントがあります。
https://blogs.yahoo.co.jp/wamioda56/58370541.html

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*Marsさん。。
1940年12月生まれの小三治。現在78歳。志ん生がボケちゃって高座を降りた年齢です。歳を取れば誰しもそうなるんですよね。87歳まで存命だった小さんもそうでした。

その意味で云うと正蔵は、晩年の87歳の時に一年だけ彦六に改名しましたが、その残っている音源はボケてないです。旧圓生一門で云うと1930年生まれの89歳の川柳さんはどうなんだろう。いまだにガーコンやってるのかなぁ(^∇^)

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