FC2ブログ

記事一覧

スイカ割り

https://blog-imgs-131.fc2.com/j/b/m/jbmbkyo/2019090306251697e.jpg
 夏の定番スイカ割り(^∇^)

 スイカは漢字で西の瓜と書きます。英語ではウォーターメロン。アフリカ原産の野菜ですね。アフリカのスイカはメロンくらいの大きさで、砂漠地帯では水分を得られる貴重な植物です。

 日本のスイカは球形ですが、米国のウォーターメロンは楕円形で馬鹿でかい。日本のお百姓さんはスイカを品種改良して、世界一糖度の高いスイカを作り上げました。だから日本のスイカが一番美味しい。

 おそらく日本だけだと思いますが、スイカ割りと云う遊びがあります。いったい誰がいつ頃そんな遊びを考えたのか? 時代劇ではスイカ割りをやってなかったと思います。

 戦前は食い物を粗末にするなって思想があったから、お年寄りに聞いてみないと判らないけど、戦前にはスイカ割りはなかったと思います。戦後の高度経済成長期にスイカ割りという遊びができたんだと思います。

 ところでスイカをどうやって食べるかってのがあります。キウイは日本人は皮をむいて食べるけど、本場ニュージーランドでは皮ごと食べます。皮の下に栄養があるので、皮をむいちゃうとキウイのカスを食ってるようなもんなんです(^ω^)

 子供の頃の藪さんは、スイカの種を取るのが面倒臭くていやだった。でも外国人はスイカを種ごと食べるのが普通です。お年寄りなんかは種ごと食べてるので今の藪さんも種ごと食べます(^∇^)

 町会の夏祭り。子供たちも楽しかっただろうけど、一番楽しかったのは藪さんだね。終始笑いっぱなしです(^ω^)

https://www.youtube.com/watch?v=ErD73l13jD0
 撮影データ・・・令和元(2019)年9月1日(日)お昼 是照院
 情けない事に画像の貼り付けが未だにできない(^ω^)

コメント

No title

昔ながらのスイカ割り、いいですね(^^)
戦後の発案だとは知りませんでした。考えれば食べ物を扱うのですから、戦前は無理かも知れないですね(^^)

*菖蒲園さん。。

 場所とかがないとなかなかスイカ割りってできないですよね。よく浜辺でスイカ割りをやるんですが、あれって砂が付いちゃってスイカを食べにくい。浜辺でカセットコンロで焼きそばを作った事もありますが、あれも風で砂が吹き付けて焼きそばがジャリジャリ(^ω^)

 こう云う風に幼児にまでスイカ割りをやらせるイベントは素晴らしいですね。そもそもスイカってのは冷蔵庫のなかった時代に、水を張った樽で冷やしたのを親父が包丁で切り分けたものでした。それができるのが家長の威厳でした。

 今の子供たちって、スイカ割りをほとんど知らないと思います。保育園や幼稚園ではプールのあとにやるかもしれませんが、先生方は準備が大変なのでやらないでしょう。

おはようございます。(*^-^*)

最初の女の子は両手にスイカを持ってますね。
( ´艸`)
チビッ子ちゃんが割ろうとすると棒が跳ね返るのですね。
ププッ ( ̄m ̄*)
子供達も藪さんも楽しそうですね。

簡単モードの場合。
ツールバーの「書式」の下の段の「山マーク」が画像の貼り付けなので
そこをクリックしてPC内の画像を選択→アップロード→
「この画像で記事を書く」で貼り付けられます。

*まーぶるさん。。

 町会の婦人部の方が皆さんにスイカを配ってたんです。藪さんもどうぞと云われたのですが撮影中なので断りました。

 最初の女の子は、お兄ちゃんがスイカ割りをやるので、お兄ちゃんのスイカを持ってたんです(^∇^)

 男の子は元気だから後ろを気にせずに棒をいきなり振りかぶるので、危ないんです。ルアー釣りをやる時には後ろを確認してから投げなさいと指導しています(^∇^)

 FC2初心者の藪さんです。これからやり方を勉強します(^ω^)

スイカ割りは

私のご幼少の頃(敗戦前後)にはなかったように思います。
夏、泳ぎによく行ったのは浜名湖の弁天島と言うところで、砂浜が非常に狭かったせいもあるかもしれません。
それにその頃はスイカはかなり貴重品だったような...
その代わり、キンコウウリというラグビーの玉を小さくしたようなものを海の中で投げて割れたのを食べるというのが楽しみでした。
https://rockheartg.exblog.jp/8412115/
浜名湖は汽水湖で弁天島は海との接続口(今切れ)に近いので塩分濃度が高く、湖面で割れたウリは適度の塩分があってとてもおいしかったという記憶があります。

*けんちゃん。。

 藪さんは浜名湖で釣りをやった事はありませんが、弁天島のあたりを東海道線の各駅停車で何度も往復した事があります。

 藪さんは酒飲みなんで車じゃなくて列車に乗るとビールやワンカップを飲み続けちゃうんです。その結果すぐに寝ちゃう。終点まで行って戻ると云う事を何度も繰り返しちゃう困ったチャンです(^ω^)

 キンコウ瓜と云うのは、藪さんローカルでメロンと云っていたマクワ瓜の事ですかねぇ。昭和30年頃は今のようにスイカの切り身をスーパーで売ってなかったので、大きなスイカのまるまる一個を八百屋で買わなくてはなりませんでした。

 ウチは乾物屋でしたが、四季に応じて旬な食い物を築地から仕入れていてスイカも売ってました。冷蔵庫のない時代ですからスイカ一個をバラすと食べ切らなくてはならないので、人数が集まった時にしか食べませんでした。普段は小さなマクワ瓜を食べてました。

 スイカを食べたのは、力道山のプロレスがあった時にウチにテレビを見に来た近所の人にスイカを配ったイメージです(^∇^)

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

藪さん

Author:藪さん

月別アーカイブ