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東京の雪

東京の雪 東京は世界一の密集した大都市ですから、その都市の活動熱は半端では無くて、ニューヨークのような寒い都市とは違って雪が降っても滅多に積もらないんです。

 とは云え、雨が夜更け過ぎに雪になり朝になったら雪が積もってる時もあるんです。二年前の今日、1月23日がそうでした。当然ながら藪さんは犬じゃないけど喜んで近所の取材に出掛けました(^ω^)

 道路にはまだ雪が残っていて電チャリで行くのは危険なので長靴を履いて歩いて播磨坂の取材に行きました。「礫川雪ノ且(こいしかわゆきのあした)」と云う、富嶽三十六景のうち北斎が小石川の高台の牛天神北野神社の境内から描いたとされる絵が残ってるのですが、藪さんよりも高齢だった北斎が、住んでいた墨田区から積雪の江戸を歩いて富坂を登り牛天神まで本当に行ったのかを疑問に思ってます(^ω^)

 かつての藪さんは落語のウソをことごとく見抜いて来ましたが、絵画のウソを見抜くってのも面白いなぁって思ってます(^∇^)

 東京の子供は滅多に降らない雪が大好きなんです。学校が休みになって雪合戦や雪だるま作りができますからね(^ω^)

https://www.youtube.com/watch?v=Yf0cidzbASI
 撮影データ・・・平成30(2018)年1月23日(火)午前11時前 播磨坂

コメント

No title

富嶽三十六景の雪の絵は、おそらくその日には北斎は行ってないでしょうね。もっと別な日にスケッチをして来たのだと思います。このシリーズは最初の刊行から次々と発売されています。準備期間があったと思うのが自然だと思います(^^)

No title

私も子供の頃から雪が大好きで雪が積もると
家でじっとしてられないタイプです。(*′艸`)
都内では雪が滅多に降らないだけに
少し積もっただけで渋滞や事故で大変ですよね。( ̄▽ ̄;)

昔は毛糸の手袋で手が冷たくなってましたが・・・
―11℃でも指先が冷たくならなくて
ゴムが柔らかいままなので
冬山登山家にも人気のある防寒グローブです。
https://www.showaglove.co.jp/product/detail/professional/457
缶酎ハイの買い出しやご取材に良いと思います。
!(●⌒ー⌒●)!

hajime様

五十肩はお辛いですね。(ノω=;)。。。
もしかすると筋肉が癒着してるかもしれません。
整形外科でリハビリを受けるか・・・
整体か鍼か・・・
肩を固めてしまってる筋肉をほぐさないと治らないと思います。
動かすと強烈な痛みがあると思いますが
頑張って動かしてみて下さい。
余計なお世話で申し訳ありません。m(_ _"m)ペコリ

*菖蒲園さん。。

 北斎の絵の著作権を主張する人はいないと思いますが、ねんのため牛天神から見た雪景色の富士山の絵は出しませんでした(^ω^)

 このページでご覧ください。https://fugaku36.net/free/koisikawa

 驚いたのは富嶽三十六景中、唯一の雪景色だそうですね。北斎のイメージって、ドテラをかぶって絵を描いてたりするので、寒がりだったのかな? だから雪景色の絵が一枚しかない。落語もそうだけど、そう云う考察が藪さんは大好きなんです(^∇^)

 上記のページの音声読み上げはいいなぁ。年とって視力の衰えてきた藪さんは小さい文字が見えないし、文字を読むのも疲れます。聴力は衰えてないので音声で文章を読み上げてくれるとありがたい。

*ま~ぶるさん。。

 御意。ま~ぶるさんは藪さんと同じで雪好きだと思います(^ω^)

 東京の道路構造ってのは積雪に弱いんです。環七とか環八と云う東京の環状道路は便利ではあるのですが、渋滞を避けるために放射道路とは信号で交差させずに陸橋やアンダーパスにしてるんです。

 そこに雪が積もったら当然ながら滑って動けなくなるので、一ヶ所がストップすると大渋滞になります。

 子供の頃は心が燃えていたのか、雪が冷たいだなんて思いませんでした。平気で素手で雪合戦をやってました(^∇^)

 大人になるほどに熱意が醒めて寒いと感じるようになるんでしょうね。昨日も半ズボンに素足の男の子を見ましたが、かつての藪さんもそれと同じで寒くなかった(^ω^)

*ま~ぶるさん。。

 菖蒲園さんはウチの親父と同じで包丁人だから肩凝りは職業病なんだと思います。

 ウチの親父は毎日、築地から仕入れた鮭を何本も大きな出刃包丁で切り身にしてましたが、相当肩に負担が掛かる。でもそれが職業だから続けるのが職人なんです。

 藪さんのような半端人間とは違います(^ω^)

私版東京の雪

 こんにちは
 今朝から雨ですが、南風のせいか暖かです。
 東京は雪が降りそうで降って無いようですね。
 東京には昭和49年から54年まで住んでいました。その後横浜に移り、昭和56年、司法試験合格して、4ヶ月横浜から湯島にかよい、地方修習で横浜を引き上げ、昭和58年11月、湯島の研修所に通うため東京に戻りました。アパートを新規に捜すのは、かったるいので、御徒町の妻の姉の嫁ぎ先の会社のビルの「独身社員宿泊所」に転がり込み。毎朝、徒歩で御徒町から湯島に通いました。昭和59年2月の大雪で徒歩での通勤は厳しかったですが、スーツにスノトレ履いて革靴はカバンに入れて通いました。
 いずこも自分の家の前は雪かきしてるけど、その除外された雪は日陰の道路に積み重ねられ、後にアイスバーンになりました。何度も転びそうになりましたが、転ばずに残り4ヶ月の修習を終えました。卒業試験も無事通過。同級生の一人は雪で転んで、利き腕の右手の骨折で字が書けなくなり、卒業試験を受けられなくなりそうでした。しかし、研修所が口頭での回答を事務官が書き取ってくれる処理をしてくれ、無事卒業しました。私の東京の雪の体験では転倒骨折が一番です。

*キャバンさん。。

 現在は財務省の施設になってますが、かつての司法研修所は湯島の切通し坂の途中にあったんですよね。湯島天神の春日通りを挟んだ北側です。

 あの湯島の切通しは本郷台地を削って道路を作ったのですが、春日の富坂同様に坂ですから、東京に雪が降ると坂を上れない車で渋滞します。

 石川啄木はかつて本郷三丁目の高台に下宿して、上野広小路近辺にあった新聞社に毎日通ってました。湯島天神下の駐車場のところにその碑があります。啄木も雪の日には切通し坂を上ったんでしょうねぇ(^∇^)

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